ギフテッドのお子さんの生徒さんがおられます

また、当教室の授業の様子を公開させていただきますね。公開に当たり、ご本人と親御さんの許可は得ています。

年度で言うと一昨年度に入門なさった高校生の生徒さんです。入門時は中学生でした。

1年半前の初回。教科書が届かず、とっさに「90分完結の話」をすることにしました。1本の直線は平面を2つの部分に分割します。2本の直線は平面を最大で4つの部分に分割します(2直線が交わっている場合)。この続きで、このお子さんは、4つの平面が空間を最大で15個の部分に分割していることが言えたのみならず、4つの平面が空間を15個に分割している鳥瞰図(俯瞰図という?)をお描きになりました。このお子さんは、高い空間認識能力をお持ちであることがわかりました。

それで、第2回の授業から、中学の教科書で数学を学び始めましたが、どうしても「壁」と思われるものがありました。この生徒さんは、「証明」が苦手なのです。教科書に載っている三角形と三角形が「相似」であることは「当たり前」に思えてしまうようでした。しばらくこの教科書で進めたあと、私は「方向性を考える会」(という無料相談会が当教室にはあります)を設け、ご一緒に方向性を考えました。そこで私が出した案は、「4次元(高次元)について考える」ということでした。このお子さんが、高い空間認識能力をお持ちであること、および、高次元は論理の目がないと見えないことから、このようにご提案申し上げた次第です。

最初、この生徒さんには「2次元で正方形、3次元で立方体と言われる図形は、4次元では、頂点がいくつで、辺がいくつで、面がいくつか・・・」というような問いを考えていただきました。正解をお出しになります。しかし、どうしても「類推」で考えておられるふしがありました。論理的に見ているのではなく、2次元、3次元からの「類推」なのです。それでは意味がないのだけどなあ・・・と思いながら、また数か月が過ぎました。

昨年(2023年)の9月に、私は講演会を行いました。その質疑応答で、詳しく覚えてはいないのですが、私は「自分で自分に裏切られた大きな経験」として、以下のことを話してしまいました。中学のころ、4次元について考えていた。2直線の位置関係は、平面では「ぴったり重なる」「平行」「1点で交わる」の3種があり得る。3次元空間に行くと、これに「ねじれの位置」が加わる。4次元に行くと、なにが加わるであろうか。私は「ハイパーねじれの位置」のようなものが加わると予想していました。しかし、1か月くらいよくよく考えてみますと、私は「もう増えない」という驚くべき結論に達したのです。これが、私が中学のときの、「自分で自分に裏切られる」大きな経験でした。これを講演で話してしまったのです。このとき、そのお子さんと親御さんも講演会に来られていました。このころ、このお子さんには、まさにこの問い(2直線の位置関係は4次元空間でなにが増えるか)をお考えいただいていましたので「ネタバレになるなあ」と思いながら話しました。案の定、これはそのお子さんに「大ヒント」を与えてしまいました。しかし、引き続きこのお子さんには4次元について考えていただきました。

「三者面談」みたいなことをしたこともあります。そのお子さんは、確かに「証明が苦手」なのでした。同様の理由によるものとして「作文が苦手」でもありました。論証というか、論述が苦手であられるのですね。私は、ご一緒に悩むことくらいしかできませんよと申し上げ、結論的には「苦手なことは避ける」というようなことしか言えませんでした。しかし、私の心のどこかには「数学において証明は避けて通れない」というような思いがあったのです。

このお子さんは、たまに模擬試験等で突拍子もなくいい成績をおさめられることがありました。たとえば、ある全国模試で5番になられたときは(すごいことです)、どうやらその模試は、マークシート式の「答えだけ」でよい試験で、それで他のお子さんの出来があまりよくなかったときなのです。私はまた思っていました。数学においては論述がキモなのだから、こういった「答えだけ」の模試で強くても意味はないのではないか・・・。

さらに何か月も過ぎました。このお子さんは、平面と直線の位置関係は、4次元においては「ねじれの位置」があり得て、5次元ではもう増えない、とおっしゃっていました。(もちろん根拠はちゃんと言えません。伝わってはいるのですが、論述とは言えない状況です。)平面と平面の位置関係は、5次元でねじれの位置があるとおっしゃいますが、4次元でどういうのがあるのか、きちんと言えないようでした。私が示したいくつかの道のうち「1次関数のグラフは直線で、連立1次方程式の解は通常、1組ある。これが、平面上で2直線が1点で交わることに対応する」と申し上げますと、この道を選ばれ、4次元空間で平面と平面が1点で交わっているところを、この子らしい方法で伝えて来られました。その次の回、平面と直線がねじれの位置にあるところを式で表すように言ったところ、案の定と言いますか、30分以内に書けました。話題を変え、円や球の話をしたいと思った私は、円の方程式を書くように言ってみますと、これも30分以内に書いて来られました。すごいことです!

ただし、ここまで、すべて「答えだけ」なのです。円の方程式も、どうやって導いたのか、どういう根拠でそれが言えるのか、まったくなく、ただ「${x^2+y^2=1}$」と書かれただけです。その翌日、私は状況を私なりに理解しました。

ラマヌジャン(1887-1920)という数学者がいます。インドに生まれ、若くして亡くなりました。膨大な数式の書かれたノートを書き残しました。それらのほとんどは、「答えだけ」だそうです。どうやって見つけたのか、どうやって導いたのか、そもそもどうして成り立つのか、書いてないそうです。それらに証明をつける仕事は、のちの数学者の仕事となったとのことです。その生徒さんをラマヌジャンにたとえるのが適切かどうかはわかりません。しかし、確かに過去、「答えだけを出す」ことで業績を上げた数学者がいたことは確かでした。私はこのラマヌジャンの話を思い出したのでした。

たとえば、私の修士論文で、私が書いた定理は、もちろん私の定理ですが、「証明」はもちろんのこと「発見」に意味があると自分で感じます。私はこのお子さんのご様子を見て、「定理」には「証明」のみならず「発見」の要素が大きくあることに気づいたのでした。

中学3年生で習う「円周角の定理」。これの証明は、いろいろな教科書が、読者にやらせようとしています。私もこのお子さんにやっていただこうとしたことがあります。しかし、円周角の定理を「発見」した人の偉大さはなんと言ったらよいだろう!

ポアンカレ予想というものがあります。私が院生であった2003年ごろ正しいことが証明されました。確かに証明は偉大なのかもしれません。しかし、ポアンカレは1903年ごろ、「証明ぬきの発見」をしたのです。「証明ぬきの発見」のことを数学では「予想」と言います。ほぼ正しいと確信が持てるものの、証明のできないこと。ポアンカレ予想におけるポアンカレの業績ははかり知れないものがあります。

かように、証明のない発見というのは、意味のあることだったのです。ようやく私はこのお子さんの真価を理解し始めました。このお子さんは賢かったのです。私はずっと「じつはこの子は本質的には賢くないのではないか」と思ってきてしまったことを白状せねばなりません。申し訳なかったです。人間はみんな、ひとりひとり、異なります。あらゆる人が、世界にひとりしかいない、尊敬に値する人なのです。私も「数学とは論証こそ大切である」と思い過ぎていたのでしょう。私はこのお子さんに、私の前では答えだけでいいよと申し上げました。「苦手なことは避ける」ので正解だったのです。私も苦手なことは避けて生きています。(星くず算数・数学教室は、私が「得意なことを活かしている」といえば聞こえはいいですが、実際には苦手なことを避けている教室運営です。)学校生活はいよいよ高校生ともなると「答えだけはいけません」「論述しなさい」と、あらゆる場面で言われるようになるでしょう。しかし、たとえば、ラマヌジャンを現代日本の教育のテストで測ろうとしたら、多くの人は「なんてナンセンスな!」と言うと思うのですよね。このお子さんも、学校の成績でその能力を測るのはナンセンスです。

私には複数のお子さんの生徒さんがいますが、最も私に「論理的な」メールをくださるのはこのお子さんです。かえって空気の読めないお子さんのほうが、論理的なメールをお書きになるのだと感じます。決してこのお子さんは、「伝達が苦手」ということはないと思っています。

じつは、このお子さんは、コミュニケーションに少し難点があります。以下の参考文献で「ギフテッド」と言われるお子さんが満たしている条件が「ある才能・能力に恵まれていること」と「支援・配慮を要すること(日常で困っていること)」の2点でした。このお子さんは、そのギフテッドの定義によりますと、ギフテッドです。(私もギフテッドです。あるなんらかの才能があり、同時に日常で著しい困難を抱えています。)しかし、この本を読むと、人間は、愛情を受けて育つと、のびのびと才能を開花させることができるようです。思い出すのはエジソンであり、エジソンのお母さんは非常に理解のある愛情深い人であったようですね。アインシュタインも3という数の数えられないような人であったそうですが、お父さんが理解のある人だったらしい。そんな偉人と比較しないまでも、私にはこのお子さんとご一緒に悩み、見守る責務があるように感じております。

まだまだ「4次元ネタ」はたくさんあります!これからもご一緒に楽しく数学を考えていくことができたら、という思いでおります。

参考文献

片桐正敏/監修 楢戸ひかる/著 黒川清作/マンガ 『ギフテッド応援ブック 生きづらさを「らしさ」に変える本』 小学館 2023

(サムネイルにこの本の表紙を使うことは、小学館さんの快諾を得ました。ありがとうございます。)

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