ポアンカレ予想の証明の概略を直感的に理解なさった大人の生徒さん

また、当教室での授業の様子を公開させていただきますね。公開に当たり、生徒さんご本人の許可は得ています。
1年とちょっと前にも紹介させていただいた大人の生徒さんです。最近、テキストを1冊、終えられましたので、もう一度、ご紹介の記事を書きたいと思いました。
ご入門はおよそ2年前です。ご希望は、高校の数学Ⅲや数学Cでした。しかし、いろいろ話してみて、最初は、小学4年生の算数からはじめました。角の大きさや折れ線グラフなど。しかし、この生徒さんは、演習問題などをやってみなくても、「直感で」理解なさるのでした。数回やってみて、私はこの生徒さんに、学年をあげることを提案いたしました。お互いに話し合ってみて、中学2年のテキストから学ぶことにいたしました。
それで、1次関数や、連立1次方程式などをご一緒に学びましたが、やはりこの生徒さんは、直感で理解なさいます。ある日、名倉真紀、今野紀雄『ざっくりわかるトポロジー』(サイエンス・アイ新書)という新書を手に取られ、目次を読まれました。私にとって懐かしい、大学および大学院時代にやった、トポロジーの基礎概念が並んでいます。私は「それらの概念は、厳密さを失わずに直感的にご説明ができます!」と申し上げました。そこで、この生徒さんとは、この『ざっくりわかるトポロジー』にそって、トポロジーを「ざっくり」ご説明差し上げる授業となりました。ご入門から2か月くらいのときのことでした。
この新書は10の章からなりました。以下にその目次を書きたいと思います。
- トポロジーって何?―「同じ形」とはどんなもの?
- グラフって何だろう?―「一筆書き」できるか、できないか
- 位相不変量を知る―図形を区別できる道具
- 写像とは何か?―トポロジーの理解に欠かせない「連続写像」
- 多様体とは何か?―2次元多様体とは曲面のこと
- 埋め込み図形とはめ込み図形―空間の中の図形を考える
- 基本群を知る―「閉じたひも=ループについて考えてみよう」
- 結び目の不変量―動かさなくても同値かどうかわかる
- 曲面の幾何―3種類の曲率
- 宇宙ってどんな形?―可能性があるのはどんな形だろうか?
こうなっています。私はこの本にそってトポロジーのご説明を始めました。ここから1年半とちょっとくらいの年月をかけて、ご一緒にこの本を読破するにいたったわけです。
この生徒さんの「直感力」にはずいぶん助けられました。たとえば、「円板は球面から円板をひとつ除いたもの」とか「円環面は球面から円板をふたつ除いたもの」など、一見、うまく直感的に伝わりにくいようなものでも、この生徒さんは、おそらく何度も聴いておられるうちに、直感をはたらかせて理解なさっているのでした。あるとき、「円周の基本群」と「整数全体が足し算によってなす群」が「同型」であることを直感で理解なさったときは驚いたものです!
また、この本の著者である名倉真紀先生の確かな実力にもだんだん圧倒されるようになりました。この本はいわゆる狭義の「数学書」ではありません。一般の人に、トポロジーについて、「ざっくり」説明するものです。しかし、それで曲りなりにもポアンカレ予想の証明の概略まで行くこの著者の実力は確かでした。
この本は、第9章で「幾何」の話に入ります。トポロジーとは、ぐにゃぐにゃと連続的に変形して、あたかも「長さ」とか「角度」とかいう概念とは無縁であるかのように感じられるかもしれないのですが、トポロジーと幾何は密接な関係にあります。それを第9章で、2次元の多様体について述べ、第10章で、3次元多様体でそれについて触れ、それがすなわちサーストンの幾何化予想ですが、その系としてのポアンカレ予想の証明まで最後は行きました。
この生徒さんとは、この本の最後まで行きました。すなわち、ポアンカレ予想の証明の概略まで行ったのです。お互いにありがたい経験でした。
というわけで、この名倉真紀先生の『ざっくりわかるトポロジー』という本は名著です。類書がいくつかあることは私も知っていますが、明らかにこの本が最もよく書けています。きちんと直感に訴えながら、すなわち難しい議論をじょうずに飛ばしながら、最後はポアンカレ予想まで行きます。しかしながら、独力でこの本を読み通すことはいろいろ難題があるかと思いますので(直感で本だけで説明することに限界があります)、私の解説を聞きつつであれば、ここに最後まで到達なさった生徒さんはおられるわけです。私はこれでも、東大理学部数学科と、東大数理で、若いころにギッチリと厳密に、何年もこの分野の修行を積んだ人間です。私の解説を聞きながらこの本を読まれることは、おすすめしておきますね(笑)。
この生徒さんとは、いま、以下のような授業を続けています。名倉先生は、どうやら結び目理論がご専門であるようで、つまり3次元多様体の専門家であられるようです。結び目理論についての記述が自家薬籠中のものなのでしょう。一方で、私は2次元の幾何を専門として参りました。いま、おもにこの生徒さんとは、2本の柱で授業をしております。ひとつが、『ざっくりわかるトポロジー』のなかであまり触れられていない2次元のトポロジーについて、引き続きざっくりご説明する授業です。本稿執筆時点であした、この授業がありますが、私は河野俊丈『曲面の幾何構造とモジュライ』の第4章に基づき、タイヒミュラー空間のご説明をする予定になっています。この授業の目標として、私の修士論文の解説、というものがあります。もうひとつの柱が、このような経歴をたどった私が、いま星くず算数・数学教室の講師として、小学校の算数の教科書を読んでみて思うこと、という授業です。私がときどきブログに書いているような内容のものを、詳しく述べることを目標としています。
という、ありがたい大人の生徒さんがおられます。引き続き、ご一緒に学んで参りたいと願っております。
(サムネイルにこの本の表紙を使用することは、SBクリエイティブさんの許可を得ています。)