マイペースで大学数学を学ぶ大人の生徒さん

また、当教室での授業の様子を公開いたしますね。投稿にあたり、ご本人様の許可は得ております。

もう4分の3年くらい前に入門なさった生徒さんです。ある道の専門家であられるようでした。初回と第2回くらいは、ご自身のご専門の解説でした。とても明解に説明をなさいました。非常に賢いかたであると思いました。ところで、この入門をご希望のかたは、その道で、数学の「確率」の概念をお使いになるのでした。それも、高校までに習う直感的な確率ではなく、ルベーグ積分に基づく本格的な確率論です。それを基礎から学びたいというご希望でした。どれほど時間がかかってもよいので、きちんと基礎から学びたいというのがお望みでした。

私は、確かに理学部数学科を出ております。少なくとも東大において、ルベーグ積分は、たとえば「多様体」などと並んで「数学科の常識(あるいは教養といいますか)」として、数学科全員の必修でした。ですから私もルベーグ積分は学びました。河東泰之先生という立派な先生に、きっちり学び、「優」までいただきました。しかし、解析の道には進まず、幾何の道に進んだ私は、その道には進まなかったのでした。多くの人が第二外国語を忘れていくように(?)私はルベーグ積分を忘れていきました。いや、多くの人が第二外国語はもとから理解していなかった(?)ように、私もはなからルベーグ積分を根本的には理解していなかったといえるかもしれません。そんな私が、学んでから四半世紀がたつ、いまから4分の3年前にこのようなご依頼を受けるにあたり、ひるんだのはもちろんです。しかし、とにかく断らないというポリシーで、その入門希望者さんには、上述のような状況を正直にご説明申し上げました。それでもよいということで、そのかたは入門をなさいました。

まず、そのかたがお読みになっている「測度・確率・ルベーグ積分」という教科書でしばらく勉強を続けました。しかし、その本は、だんだん、かなり手を抜いた教科書であることが明らかになっていきました。私たちは、根本にある集合論から理解せねばなりませんでしたが、しばしばその教科書には「落とし穴」があるのでした。あえておかしなたとえを出したいと思いますが、国について説明してある本で、「国には必ず首都がある」ということが書いてあるものの「首都はあれば国に1つである」ということが書かれていない(書き忘れている)本があったとしましょう。このような本だけを頼りに素人が勉強しようとしますと、「東京は日本の首都である」ことが言えても「大阪も日本の首都かもしれない」と思ってしまって途方に暮れることになります。その本は、このように、専門家にとっては当たり前と思えること(首都が1つであること等)がしばしば欠落した本なのでした。半年ほど、この本に付き合いましたが、ついにこの本で学ぶことに限界を感じ、お互いにこの本はやめにしました。

いまは、私が学生時代から存在するルベーグ積分のロングセラーの「名著」と言われる教科書(伊藤清三「ルベーグ積分入門」。サムネをご参照ください。出版社さんに使用許可をもらって載せています)で勉強しています。お互いに学生に戻ったつもりで勉強しています。今度の本は、前の本のような欠陥はないはずですので、わからないのを「本のせい」にすることはできません。私は毎回、必死になって授業の準備をします。それでも情けない授業となることがあります。しかし、その生徒さんは、私が「きょうはダメだったな」と思う日ほど「ありがとうございました」とおっしゃる傾向にあるのでした。ご自身おひとりでは、とてもここまで読めない、とおっしゃるのです。遅々とした歩みですが、いまもこの生徒さんとのルベーグ積分の「初歩的な」学びは続いています。

私も、専門であったトポロジーであるなら、もっと自由に頭が動くことでしょう。二十代前半の頭が柔軟なころに、ギッチリと学んだ分野ですから・・・。このようなケースは稀であるとはいえ、私の「とにかく断らない」「わからないことはご一緒に悩む」というスタイルで継続している授業であると言えるかもしれません。これからも、この生徒さんとご一緒にルベーグ積分の基礎を学んでいきたいと思います。

目次