何歳になってからでも遅くはない

大人の学び直しについてですが、いくつになってもやり直せます。少し例を挙げます。

極端な例から挙げますと、東大理学部数学科に、20前後の若者に混じって、50くらいのおじさんがいたのです。Aさんとしましょう。

Aさんは、普通に一般の高校生と同等に東大を受験して入って来られました。見た目だけおじさんでしたが、若者と混じってサークル活動などもし、学生生活をエンジョイなさっておられました。

Aさんは若いころ、ある地方の国立大学の学部を出られているそうでしたが、50くらいになってまた勉強する気になり、東大に入って(マスコミが取材に来たそうですが、断ったそうです)、普通の東大生と一緒になって学んでいました。

東大理学部数学科でも、教授の先生と同い年だったりするのですが、先生がたも楽しくAさんと接していました。

大学院は東大には入れなかったみたいでしたが、ある地方の大学の院に進まれたようでした。のちにその院の人から消息を聞くことができました。「Aさんって、あの、ものすごく勉強する人ですよね?」。とにかくその大学院でもものすごく勉強していたみたいです。

もう少しよくある「普通の」例を出します。60歳になってピアノを始めた女性のかたです。Bさんとしましょう。「まんなかのド」から習い始めて、熱心に練習して、70歳くらいまでには「エリーゼのために」が弾けるくらいにはなったようです。旦那さんは開業医であるようであり、お金があったのだと思いますが、あまりにも奥さんがピアノに熱心なので、ついにグランドピアノを買ってもらえたそうです。

もちろん、3歳とか5歳で始めるお子さんとは同じスピードで上達するわけではありません。ピアノやヴァイオリンは中学から始めても遅いと言われるくらいの楽器です(プロになるなら)。数学も、プロの数学者になるなら、だいたい皆さん20代で大きな成果を出してしまうという、スポーツみたいな世界ですが、いっぽうで先ほどの50歳くらいの現役東大生もいたわけです。

よく私に「今からでも数学者を目指せば?」と(善意から)アドバイスくださるかたはあるのですが、そういうかたには「二十代でプロ野球選手の夢をあきらめた人が、47歳からプロ野球選手になれますか?」とお答えしています。

しかし、何歳になっても遅いということはありません。私も、この年齢になり、今年(2022年)の2月に職を失い、いまはフルリモートのフリーランス(失業中の無職とも言いますが)を目指して、日々、税金にせよ著作権にせよ、社会保障の制度にせよ、新しいことの学びの最中であり、同世代の東大出と比べても著しく脳が活性化されていると思います。だいたい皆さん、47歳にもなると、高い地位で高い収入を得ており、ちょっともうボケてきているくらいの年齢ですから(笑)。それは、たまに当時の仲間と交流してみると分かります。仲間と比べてのあまりの社会的地位の低さに恥ずかしくなる一方で、明らかに脳が活性化されているのは私のほうなのです。

先週の月曜日に、HP製作者からQuoraというSNSを教わり、翌日、書いたある質問の答えが、いわゆるバズって、以下のように引用する人も現れました。(この記事は予約アップロードされています。本日は11月3日です。)

TJOさんはTwitterを使っています: 「ほぼ同世代の東大出身者でこんな極端な境遇の人もいるのか、とちょっと興味深く読んだ https://t.co/AwJ9teaaG1」 / Twitter

このTJOなる人物も、これをリツイートする高学歴者にも共通するのは、私を社会的落伍者であるというだけで失敗者として見下す点であり(私を見下す人は愚か者であることに、ここ半年くらいでようやく気づき、気楽になりました。ずっと私は自分で自分がバカだと思って来ましたから)、そして、私の書きかたにも欠けている点があるとすれば「私は生まれてから47年で、いまがいちばん幸せなくらいに充実している」という点です。

私は46歳から人生のやり直しをしています。1年目です。あまり私なんぞと比較されたらお嫌かもしれませんが、いくつになっても、算数や数学を学ぶのであれ何であれ、遅いということはないと思っております。楽しく気長にやれたら、と思っています。高学歴だの、高収入だの、ヴァイオリンを60歳から始めてなんになるのだとか言う人は気にしない!(60歳のときにヴァイオリンを始めようかと考えて、遅すぎると思って始めなかったあるご婦人は、90歳になったとき、あのときヴァイオリンを始めていれば30年は楽しめたのにと思った、という話も読んだことがあります。)かのAさんも、同い年の東大教授からバカにはされていなかったですよ!ご一緒に算数や数学(いや人生?)を学びましょう!

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