東京文化会館で行われた「クーラウ特別演奏会」の思い出(1999年11月29日)

1999年度、私は東大数理の修士課程の1年生でした。その12月上旬の数日間は、修士論文のアイデアのコアとなる部分を考えていたころであり、私が生涯で最もクリエイティヴであった時期と言えると思います。そのころの日記を見ますと、もっぱら数学のことばかりなのですが、それでもときどき音楽の話題はあります。これは、ちょうどそのころ、1999年の11月29日に、招待券をいただいて行った「クーラウ特別演奏会」という出し物の強烈な思い出を、当時の日記をひもときながら書く、クラシック音楽オタク話です。よろしければお付き合いくださいね。

まず、なぜ招待券をいただいたか、という話をいたします。当時、通っていた教会でのつながりでいただいたチケットだったのですが、それは、私がフルートを吹いていたことと密接に関連します。クーラウというのは作曲家の名前ですが、フルートの曲をたくさん書いた作曲家で、フルートの世界で有名な名前であり、この日もメインはフルート・オーケストラの演奏によるクーラウの劇音楽「妖精の丘」の上演だったからです。少し、クーラウという作曲家について、私の知っていることを書きますね。

フリードリヒ・クーラウは、だいたいベートーヴェンやウェーバーと同世代の、デンマークの作曲家です。先述の通り、たくさんのフルートの曲を書きました。フルートを吹く人にとっては、特別な響きのする作曲家名かもしれません。私もこの2年前、1997年に、クーラウの作曲したフルートとピアノのための変奏曲ト長調op.105と、同じくヘ長調op.104をレッスンで習いました。私がはじめてクーラウの名前を知ったのはいつでしょう。それより前、東大オケにいたころから、仲間がクーラウのフルート曲を室内楽大会で演奏するのは何度も聴いていましたし、私の先生が演奏するのも聴いていました。のちにレッスンでクーラウのフルート二重奏曲も習いましたし、ずっとのち、中高の教員となってから、同僚と、クーラウの2本のフルートとピアノのための三重奏曲ト長調op.119の第1楽章をやったこともあります(これは非常に失敗し、大恥をかきましたが)。とにかく、フルートを吹く人にとって、クーラウという作曲家は身近であると思います。ただし、クーラウがなぜそんなにたくさんのフルートの曲を書いたのか、私はいまだに理由を知りません。クーラウは自分でフルートを吹く人ではなかったそうですし・・・。なぜでしょうねえ。

そして、もっと有名なクーラウの作品があります。ピアノ曲です。ピアノ学習者のあいだで有名な、ソナチネアルバムの第1番ハ長調は、クーラウの作品です。よくピアノの発表会で、お子さんが弾いておられるイメージがあります。ソナチネアルバムに収録されたクーラウのピアノのためのソナチネはたくさんあるはずです。以上、「フルートの曲」および「ピアノのためのソナチネ」が、クーラウのよく知られた作品であると思われます。しかし、この日の演奏会で、私は認識を改めることとなったのでした。

この日のチラシやプログラムは残念ながら残っておりません。日記と記憶が頼りです。以下に書くデータのようなものは、このたび、演奏会から四半世紀のときをへてブログ化するに当たり、いろいろなところに問い合わせて少しずつ分かって来た次第です。

この日は、午前中は授業を受け、駒場野公園という駒場キャンパスの近くにある公園で昼食を食べています。落ち葉がすごかったようです。午後に、3時間くらいかけて、Hatcherという数学者のプレプリントを勉強しています。これが修士論文のアイデアにつながりました。そして、夜、東京文化会館に行ったわけです。大盛況であったと書いてあります。

最初に、ゴーム・ブスク博士の、デンマーク語による演説がありました。デンマークにおいては、クーラウは、ニールセンと並ぶ2大作曲家なのだそうです。(ニールセンのほうが有名ですね。6つの交響曲を書き、21世紀に入ってますます人気の高まっている作曲家です。ちなみにニールセンにも「フルート協奏曲」というフルートの名曲があります。)ブスク博士の演説は、クーラウの偉大さについて述べたものでした。そして、前半は、東京サロンオーケストラ(佐藤廸さん指揮)による、「ルル伝説」という出し物でした。「ルル」は、クーラウの作曲したオペラで、この「ルル伝説」は、そのルルのオーケストラによるメドレーなのでした。演奏時間50分に及ぶ大作でした!すごいものを聴きました。

そして、後半は、フルート・オーケストラの出番となりました。石原利矩さん指揮による、クーラウの劇音楽「妖精の丘」全曲です。200名のフルート・オーケストラにびっくりしました。フルートの同属楽器(特殊楽器)として、まずよく知られているものとして、ピッコロがあります。私もピッコロは個人所有しています。フルートの1オクターヴ高い音のする楽器ですね。低いほうへ行きますと、まずアルトフルートという楽器があります。アルトフルートは、有名なところでは、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」にソロがあります。それより低い音のするフルートの同属楽器はだいぶマイナーになって来ますが、ちゃんとコントラバスフルートまであり、フルートだけでオーケストラをすることは可能なのでした。それにしても生でこれだけのものを聴くのは壮観です。

歌手は3人です。澤畑恵美さんのソプラノ、与田朝子さんのアルト、久岡昇さんのバリトンでした。演奏会式上演です。このたびこの記事を書くためにクーラウ協会に電話し、この日の指揮者である石原利矩先生とお話ができました。石原先生によりますと、バリトンの久岡さんは、当日に体調不良となられ、当日は久岡さんのお弟子さんが歌われたそうですが、そのお名前はわかりませんでした。とにかく、3人の歌手もすばらしかったです。この作品には、ちょうどウェーバーの「魔弾の射手」のように、ホルン四重奏による狩人の合唱があります。ここはフルートではなく、ホルンの皆さんが4人おられて、ホルンで吹かれました。非常にかっこいいホルン四重奏であるうえに、極めてうまいかたが吹かれました。フルート・オーケストラのコンサートマスターは、酒井秀明さんというフルート奏者で、非常にうまかったです。すばらしいソロを聴かせてくださいました。酒井秀明さんの生を聴いたいまのところ唯一の経験です。澤畑恵美さんのソプラノを聴いた唯一の経験でもあります。与田朝子さんはあと何回か、聴く機会がありました。マーラーの「大地の歌」を聴いた話などはまたの機会にしたいと思います。

この日の夜は、ホールにカンヅメとなって、クーラウの音楽を聴かされ続けたわけです。日記には「ついに完全に洗脳されて、熱心なクーラウ教信者になって帰って来た」と書かれています。私がキリスト教信者となる約1年前に、私はすっかりクーラウ教信者となってしまいました。

このあと、私はクーラウの「妖精の丘」全曲のCDを買いました。いまのようにインターネットがそれほどある時代でもありませんでした。「クーラウ序曲集」というCDも探して買いました。先述の「ルル」の序曲も入っています。私がつくづく気に入ったのは、「妖精の丘」序曲と、先ほど書いた、「妖精の丘」のホルン四重奏です。クーラウは、ソナチネとフルート曲だけの作曲家ではなかった!私は、「妖精の丘」序曲が、アマチュアオケの演奏会の1曲目として流行るのではないかと思いましたが、この演奏会から四半世紀、そのような兆しは見られませんね。もしかしたら編成上、あるいは難易度上の問題があるのかもしれませんが、単に知られていないだけのような気もします。これを機に、クーラウの「妖精の丘」序曲をお聴きくださるかたが少しでもおられることを期待します。先日、友人に聴いてもらいましたが、オケの1曲目としていい曲ですねと言っていただけました。以下にYouTubeのリンクをはってこの記事を終わりたいと思います。本日は長い記事でした。お読みくださり、ありがとうございました!

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