谷辺昌央さんのギターリサイタルを聴いた(2023年5月27日)

これは、クラシック音楽オタク話ですが、去年の話です。いまのところ、最も新しい「プロの演奏会」を生で聴いた経験となります。最も新しい「お金を払って行った演奏会」でもあります。障害者割引で行ったいまのところ唯一の演奏会でもあります。
谷辺昌央(たにべ・まさお)さんは、そのころ、新しいアルバムとして、武満徹(たけみつ・とおる)のソロ・ギター曲をすべて収録したCDを出しておられました。それを記念したリサイタルが、全国で行われていたのでした。私が聴いたリサイタルのプログラムは以下です。
武満徹(1930-1996)
『ギターのための12の歌』(1977年)
オーバー・ザ・レインボー(ハロルド・アーレン)
シークレッド・ラヴ(サミー・フェイン)
失われた恋(ヨセフ・コスマ)
早春賦(中田章)
F.ソル(1778-1839)
悲歌風幻想曲 op.59
武満徹
『ギターのための12の歌』
サマータイム(ジョージ・ガーシュウィン)
インターナショナル(ピエール・ドジェイテール)
ロンドンデリーの歌(アイルランド民謡)
星の世界(チャールズ・C・コンヴァース)
ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア(ジョン・レノン&ポール・マッカートニー)
ヘイ・ジュード
ミッシェル
イエスタデイ
谷辺昌央(ギター)
ソルという作曲家は、いわゆるギターをやっている人の間では知らぬもののない名前らしいことは私も知っていました。フルートで言えばクーラウとかドップラーと言っているようなものだろうと思っています。
武満徹の「12の歌」は、世界のいろいろな歌の編曲です。武満の親しみやすいギター・ソロ曲です。個々の曲については上記の通りですが、のちほど書きますね。
はじめて行くホールでした。行ってみると、とても小さいホールだったのでした。小規模な教会の礼拝堂のような規模の会場でした。ときどき行く障害者福祉施設のすぐ近くでした。
当日は、前半に武満の「12の歌」から4曲と、ソルの悲歌風幻想曲、後半に、武満の残り8曲でした。武満の曲の曲順は、武満の本来の順番によらない独自のものです。
武満徹の「12の歌」は後述のように、有名な歌の編曲であり、たいへん親しみやすいのでした。ソルの悲歌風幻想曲も、親しみやすい曲でした。
アンコールに、細川俊夫編曲の「さくら」、そして、客席からリクエストを募り、再び武満から「サマータイム」を弾いてアンコールとなさっていました。谷辺さんはトークも巧みでした。
じつは、この日に備えて、谷辺さんの新しいCDは買って「予習」をして行ったのでした。
以下がそのアルバムです。武満徹のギター・ソロ曲を網羅したものであるようでした。
フォリオス 武満徹 ギター作品集
谷辺昌央 ギター
フォリオス
ギターのための12の歌 より〔武満徹 編曲〕
ヘイ・ジュード 〔レノン=マッカートニー〕
ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア 〔レノン=マッカートニー〕
ミッシェル 〔レノン=マッカートニー〕
イエスタデイ 〔レノン=マッカートニー〕
すべては薄明のなかで―ギターのための5つの小品―
ギターのための12の歌 より〔武満徹 編曲〕
失われた歌 〔ヨセフ・コスマ〕
シークレット・ラヴ 〔サミー・フェイン〕
インターナショナル 〔ピエール・ドジェイテール〕
星の世界 〔チャールズ・C・コンヴァース〕
森のなかで―ギターのための3つの小品
ギターのための12の歌 より〔武満徹 編曲〕
オーバー・ザ・レインボウ 〔ハロルド・アーレン〕
ロンドンデリーの歌 〔アイルランド民謡〕
サマータイム 〔ジョージ・ガーシュイン〕
早春譜 〔中田章〕
エキノクス
ギターのための小品―シルヴァーノ・ブゾッティの60歳の誕生日に
ラスト・ワルツ 〔レス・リード&バリー・メイソン/武満徹 編曲〕
このようなCDです。
「12の歌」を4曲ずつ配置し、そのあいだに、いろいろな作品を入れています。これも武満の本来の順番ではないと思います。調性まで含め、考え抜かれた順番で並んでいると言えましょう。
ブックレットの中には、小野光子さんの解説が載っています。小野さんの武満徹の評伝は、かつて学校で司書をしていたときにお読みしました(小野光子『武満徹 ある作曲家の肖像』)。小野さんによると、武満徹の最後の作品は、(フルートソロのための「エア」ではなく)このCDに収録された「森のなかで」だということでした。「エア」と同じ音型が出て来ます。(武満徹の作品には著作権があり、少し出すのをためらいます。「引用」という形ならば著作権侵害にならないことは知っていますが。)
「フォリオス」について少し。この曲は、私は若いころから、荘村清志さんのCDでなじんでいました。以下のような旋律(の一部)が出ます。これは、ハスラーの讃美歌「血潮したたる」です。

これは、多くの人が、バッハのマタイ受難曲の旋律であると認識なさっておいでではないでしょうか。私もそうでした。のちに私も教会へ通うようになり、これはレント(受難節)の有名な讃美歌であり、バッハもこれを引用しているのだ、ということに気づいたわけです。
ただし、おそらく武満さんも、これはバッハからの引用のつもりなのではないかと思われます。つまり、武満さんも二重に(「孫引きのように」)引用されているのではないかと思われるわけです。
それから、「12の歌」にも讃美歌があります。ひとつは、コンヴァースの「星の世界」です。以下のような旋律です。

この曲も讃美歌なのですが、私は教会に行ったとき「普通の歌と同じ旋律の讃美歌があるのだな」と思ってしまいました。これも逆であり、この曲は本来、讃美歌であり、それが、「星の世界」という歌詞で、一般に知られていたのでした。讃美歌では「いつくしみ深き」と言います。
それから、ロンドンデリーの歌も讃美歌になっています。「この世のなみかぜさわぎ」という歌詞で讃美歌になっています。これは譜例を省略いたしますが、グレインジャーの管弦楽曲および吹奏楽曲としても有名な旋律ですね。通称「ダニーボーイ」です。
このCDをあらかじめ購入し、「予習」をし、当日はこれを持って行き、終演後にサインをもらったわけでした。
私は、30歳から勤めた学校が徹底的に向いておらず、教員から事務員にさせられ(何回目かの配置換えで、学校司書にもなりました。上で述べました武満の評伝を読んだのはそのころです)、それもできない仕事であり、何回もの休職と配置換えを繰り返したのち、2020年から長い休職に入り、最終的に休職期間を満了して退職となり、職を失っていたころの演奏会となります。ようやく星くず算数・数学教室がまわり始めたころでもあります。そのころに聴いたギターのリサイタルのお話でした。帰りは本屋に寄っています。充実したある日のことでした。
(サムネイルにCDのジャケットを使用することはコジマ録音さんの許可を得ました。ありがとうございます!)