高校までに扱う数学で、数学的帰納法の強力さを示すような例はあるか

今年(2023年)の3月ごろ、当教室で、数学的帰納法をお教えする機会がありました。テキストは、高校の教科書「数学B」の「数列」に沿っていました。私は基本的に教科書をテキストとして授業を行っています。小中高の算数・数学ならば文科省の検定教科書を使うことがほとんどです。しかし、このときは、数学的帰納法の使用例として、私は教科書に不満がありました。教科書の例は、たとえば「${n}$が${3}$以上の自然数であるとき、不等式${2^n>2n+1}$であることを証明せよ」といった「しょぼい」ものしか載っていなかったのです。私は大学院まで行って数学の研究を(少しばかりですが)いたしました。数学的帰納法は、背理法と並んで、論文などでも非常によく見る証明の方法でした。「数学的帰納法ってもっと強力な証明の手段なのだけどなあ」と思った私は、その生徒さんの授業のために、数学的帰納法の強力さを、高校までの数学の知識で示せるような例を考えました。以下のおもに2つの例を考え、授業で紹介いたしました。

ひとつは、二項定理の数学的帰納法による証明でした。

思いついてみますと、これは二項定理の最も自然な証明の方法なのでした。しかし、なぜか私は中高の教員であったころ、二項定理を数学的帰納法で証明するようなテスト問題は出しませんでしたし、また、そういう証明を教科書や参考書等で見たこともありません。おそらくは、二項定理よりもあとに数学的帰納法を習うという「習う順番」の関係で、二項定理の数学的帰納法による証明は教科書に載っていないのだろうと思いました。しかし、この証明は、二項定理の最も自然な証明の方法として、たとえば大学の先生ならばごく普通に考えそうなものではありました。

二項定理とはなにかと申しますと、${n}$を自然数としまして、${(a+b)^n}$の展開式を述べた定理です。最も基礎的な場合が${n=2}$のときでありまして、その場合、二項定理は${(a+b)^2=a^2+2ab+b^2}$となります。${n}$が一般の場合ですと、その展開式は、

$${(a+b)^n=_nC_0a^n+_nC_1a^{n-1}b+_nC_2a^{n-2}b^2+\cdots+_nC_{n-1}ab^{n-1}+_nC_nb^n}$$

となります。これを数学的帰納法で示すわけです。

数学的帰納法とは、おもに自然数に関する命題を、ドミノ倒し式に証明する方法です。私がはじめて数学的帰納法に接したのは中学のときに読んだ「ゲーデル、エッシャー、バッハ」であり、記号論理学的に書かれた数学的帰納法は、帰納法そのものを知らなかった中学時代の私にはさっぱり理解できなかったものでした。ずっとのち、高校で数学的帰納法を習ったときは、先生は私の大好きな学者肌のF先生で、律儀に紙の「枠」(${n=k}$のときに成り立ったら${n=k+1}$のときにも成り立つことを言うと自然数すべてについて言えたことになる説明用の)を書いてきて説明なさるのを見て内心「先生、そこまでしなくてもわかるから…」と思ったことを思い出します。ここでは、読者の皆さんが数学的帰納法はご存じであると仮定して進めることにいたしますね。すみません。当教室のブログでは珍しい「数学ガチガチ」のブログ記事であります。

さて、二項定理を数学的帰納法で証明します。これは、${n=1}$のときは明らかに成り立ちます。${n=k}$のときの展開を仮定して、${n=k+1}$のときの展開を導くわけです。つまり、${(a+b)^k}$の展開を仮定して、${(a+b)^{k+1}=(a+b)^k\times(a+b)}$と考えて導くわけです。手前みそですが、これはなかなかいい大学入試問題かもしれません。ときどき私はいい大学入試問題をあてますから、受験生の皆さん(および受験業界の指導者の皆さん)は要チェックですよ。信頼できる物理・数学の先生(東大の物理を出ておられる)に聞いてもご存じなく、また、あるこれも信頼できる大学の数学のベテランの先生にもうかがいましたところ、その先生が高校生だったころは、高校の教科書に、発展的な内容として載っていたというお話でした。この証明は、そのキモに、二項係数の、パスカルの三角形を成立させている性質である${_nC_r=_{n-1}C_{r-1}+_{n-1}C_r}$を使うことになり、我ながらなかなかいい大学入試問題だとひとり悦に入っているわけですが(笑)。

これは、二項定理を証明しようと思って思いついた証明ではなく、数学的帰納法の強力さを示したいという動機付けで思いついた証明であるわけです。

これと同様の発想で考えられる問いがあります。${f}$と${g}$を簡単のために何回でも微分できる関数とし、${fg}$(積)の${n}$階の導関数(${n}$階の微分)を計算してみてください。上の計算と同様になると思います。これは読者の皆さんへの演習問題といたしましょう。高校の「積の微分」の公式(ライプニッツルールと言われますが)を習ったかたなら計算できると思います。

もうひとつ、その授業のために考えた、数学的帰納法の強力さを示す例があります。それを以下にご紹介いたしますね。

初項と第2項と漸化式${a_1=1,a_2=1,a_{n+2}=a_n+a_{n+1}}$で定義される数列${\{a_n\}}$の一般項は、

$${a_n=\frac{1}{\sqrt{5}}((\frac{1+\sqrt{5}}{2})^n-(\frac{1-\sqrt{5}}{2})^n)}$$

で与えられることを示せ。

これは、フィボナッチ数列と言われる数列ですが、私は長いこと、この数列の一般項を${n}$の式で見たことはありませんでした。確か2009年くらいに、当時、勤めていた中高の数学の教員のあいだで「数学ガール」という本が流行り、私も1冊だけ読んだのですが、そこに出てきたのです。その本はあまりおもしろいとは思えませんでしたが、とにかくそのときに見たのです。どうやってこの式を導出したのかは知りません。ただし、これを数学的帰納法で「文句なし」にしてしまうことはできます。そのときもやってみました。${n=1}$のときと${n=2}$のときに個別に証明し、あとは、${n=k}$のときと${n=k+1}$のときを仮定して、${n=k+2}$のときを証明すればよいのです。3項間の漸化式ですからね。これは、逆算でできてしまうため、途中に出てくる二重根号外しみたいな計算もすべて逆算でできて、機械的に証明できてしまいます。これが「いい問い」なのかどうかはわかりませんが、とにかく数学的帰納法の強力さを示したいという私の根本的な動機は果たされるわけでした。(これは2009年当時、数列の定期テストで出そうとしましたが、同僚から否定されました。)

このように、「導出はできなくても証明はできる」ということはときどきあることであり、たとえば二次方程式の解の公式(いわゆる${x=\frac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}}$)も、導出はできなくても、とにかく代入してこれが解であることを示し、二次方程式はたかだか2つの解しか持たないことを言えれば、論理的には文句なしとなるわけです。

この問いは、Quoraでも自分で質問して自分で答えてみましたが(高校までに扱う数学で、数学的帰納法の強力さを示す例はないか)、どうも皆さん、やはり漸化式で定められる数列で、一般項が推測できるケースで、その推測が正しいことを示す例くらいしかお出しになれませんね。やはりこの二項定理の数学的帰納法による証明はおもしろいでしょう!とますます悦に入って、この記事を終わります。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

(じつはこのネタでYouTubeにデビューすることも考えていたのですが、どうも私に動画は不向きであることが分かって参りまして、こうしてブログ記事で紹介する次第です。)

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