18歳のときにペーター=ルーカス・グラーフのフルート・リサイタルを聴いた話(1994年10月8日)

大学1年生のときのことです。オーケストラの先輩に誘われて、何人かで、千葉県のある小さなホールで、フルート奏者のペーター=ルーカス・グラーフのリサイタルを聴いたことがあります。その思い出話を書きますね。

当時は、まだ日記をつけていませんでした。プログラムも残っていません。かろうじて残っていたのは、当日のチケットでした。そこから年月日とホールがわかりました。先日、この記事を書くために、ホールに電話して問い合わせました。もう30年も前の演奏会であり、その日の演目のすべてがわかったわけではありませんが、ホールのかたはていねいに調べてくださり、わかり得るすべてのことを教えてくださいました。以下のような記録が残っていたとのことです。

八千代・佐倉共催3周年記念特別公演

ペーター=ルーカス・グラーフ フルート・リサイタル

ベルント・グレンザー(ピアノ)

シューベルト ソナチネ ニ長調op.137

バッハ フルート独奏のためのソナタ

シューマン 3つのロマンスop.94

パガニーニ カプリース イ短調op.1

フランク ソナタ

これが、わかることのすべてです。

私が覚えていた演目は、シューマンの3つのロマンスと、ドビュッシーのシランクスだけです。ここにドビュッシーは書いてありませんから、これですべての演目ではないのでしょう。しかし、だいたい私の記憶と合致します。当時の私は大学1年生、まだフルートの曲も、フルートの良し悪しもわかるようになる前なのです。おそらくバッハの無伴奏ソナタはエマヌエル・バッハの無伴奏ソナタであり、当時、知っている曲はシューマンの3つのロマンスくらいであっただろうからです。シューマンの3つのロマンスは中学のころからランパルのカセットテープを持っていました。ドビュッシーのシランクスは、高校のときに練習している先輩がいて知っていました。(バッハというのが大バッハでないと思われる理由は、大バッハの無伴奏曲はソナタではなくパルティータということ、また、大バッハの無伴奏パルティータなら私は中学のころからニコレのカセットテープで知っていたこと、そして、大バッハの無伴奏をやると、プログラムとしては重くなり、それがメインとなるようなリサイタルになる気がすること、などです。)

ペーター=ルーカス・グラーフは、極めて有名なフルート奏者です。いまインターネット検索で調べたところによりますと、グラーフは1929年生まれ、なんと現在、95歳でご存命です。当時は65歳だったことになりますね。私がグラーフの生演奏を聴いた唯一の機会です。貴重なものを聴いたことになります。惜しいのは、フルートの良し悪しのわかる前であったことでありまして、わかるころに聴いたらまた感想は違ったのでしょうねえ。フランクのソナタすらまだ知らなかったことになりますね。(私がフランクのソナタを知ったのは、ニコレのCDを買ってからです。それを買ったのは確か大学2年の初夏なので、このころはまだフランクのソナタを知りません。フランクのヴァイオリン・ソナタのことです。この曲はしばしばフルートでもやります。)

思い出すことがあります。休憩後にドビュッシーのシランクス(無伴奏フルートのための数分の曲)だったのですが、どうも、小さいお子さんが泣き止みません。グラーフは、何回も吹こうとして、楽器を構えてはやめました。一度、吹き始まったのですが、それでもそのお子さんは泣き止まず、グラーフは演奏を中断しました。グラーフは、そちらの方向を見て、額に手をかざすようなポーズを取ってみたりしました。お客さんで「退出してもらえますか」とおっしゃったかたがありました。(決してとげのある言いかたではなく、穏やかな紳士的な言いかたでおっしゃいました。)ついに泣き止まないお子さんを連れた親御さんが退出したのち、グラーフはあらためてドビュッシーのシランクスを吹き始まりましたが、明らかにさっきの調子とは違う感じだったのです!このエピソードをあとで私が自分の先生に言ったところ、先生は笑いながら、休憩中にイメージして来たのと違ったのだろうね、と言っていました。いま考えるとなかなか貴重なものを聴いたことになります。

それから、もうひとつ、思い出があります。私ひとりなら決して行かないところなのですが、そのわれわれ一行は、終演後、楽屋に行ってグラーフのサインをもらおう!ということになったのでした。というわけでみんなで楽屋に押しかけました。グラーフとピアニストさんがおられました。みんなグラーフのサインをもらいます。私は当時、東大オケで最初のオーケストラの出番である、11月の駒場祭の練習をしていました。やることになっていたシベリウスの「フィンランディア」のパート譜の裏面にサインをもらうことにしました。グラーフは「これ、やるの?」と言いながらサインを書いてくれました。ピアニストさんもサインを書いてくれました。このサイン入りのパート譜はとっくになくしましたが、とにかく私はグラーフにサインをもらったのです。グラーフは、サインをしながら何度も「ッカタカタカタッタッッタ」と言っていました。文字では伝わらないでしょう。これはシベリウスのフィンランディアに出てくる以下のような特徴的なリズムです。

いま、finaleで、フルート1番のパート譜に最初にこのリズムが出るところを書きましたが、この曲のあちこちに出る特徴的なリズムです。グラーフは「きみはこれをやるんだね?」ということで、何度もこのリズムを口ずさみながらサインを書いてくれたわけです。

ところで、先日、ホールに電話をしたことで、ピアニストの名前もわかったわけです。ベルント・グレンザーと書いてありますが、これは、いわゆるベルント・グレムザーと言われる人です。当時、よくグラーフの伴奏をしていたピアニストです。のちにソリストとしても有名になったようで、じつは私はこのときよりずっとあとにはなりますが、グレムザーの演奏するラフマニノフのピアノ協奏曲第3番のCDを購入して、気に入って聴いていたものです。いまでもこのCDは実家にあるはず。なんと私は、若き日のグレムザーの演奏を生で聴いていて、サインまでもらったことがあったのだ!という最近のちょっとした驚きでした。

というわけで、いまから30年前、18歳のときにグラーフのフルート・リサイタルを聴いた話でした。貴重な機会でした!

(サムネイルはこの記事に出てくるあるフルート曲の冒頭です。さて、なんの曲でしょうか?)

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