AIと新幹線と携帯電話と東大の学食

最近、私はAIに頼っています。2001年3月に東大数理(東京大学大学院数理科学研究科)に提出した修士論文(数学の論文)をまとめた論文を書くにあたり、どのような英語の表現がよいかで、大分AIに助けられました。(AIに書かせた論文なのではなく、数学的な内容はあくまで私の考えたもので、英語の表現でAIに頼ったのみですので、その点は念のため。)AIは、なんでも異様に詳しく、しかも人間でないのに人間のように振る舞うので不気味ですが、みんながAIに頼る時代だと、AIに頼らざるを得ない、という話をいたします。

1964年の東京オリンピックにあわせて、新幹線というものができたと聞いております。60年以上前ですね。新幹線ができるまで、東京から大阪への出張は、泊まりで行っていたそうですが、新幹線が出来てから、東京から大阪への出張は、日帰りで行かねばならなくなったと聞きます。新幹線ができたときは「夢の超特急」と言われたわけです。私が小さいころの童謡で「びゅわーん、びゅわーん、は、し、るー、青いひかりの超特急♪」というものがありました。信じられないくらい目的地に早く着くわけです。しかし、それが当たり前となり、世の中が、新幹線があることを前提としてまわるようになるころには、東京から大阪までの出張が、日帰りで命じられるようになるわけです。みんなして新幹線を使うのが当たり前の世の中では、自分だけ新幹線を使わないということはできません。

携帯電話は、皆さんが持つようになったのは2000年ごろかなと思います。私が携帯電話を持ったのは2002年だと思います。携帯電話も、みんなが持っていない頃は、持っていなくても不便ではありませんでした。今は、みんなが持っているので、世の中が、携帯電話をみんなが持っていること前提でまわっているため、持っていない人は不便です。ホームレス支援をされている方のお話を聞いても、現代、携帯電話を持っていないのは、非常に困難に陥る世の中であるようです。私が教員であった2008年ごろ、まだ携帯を持っていなかったある先生がおられましたが、その先生に連絡を取ることは大変で、あるとき沖縄への修学旅行をその先生と一緒に引率する私の携帯へ、学校の事務所から連絡が入ったことがありました。その先生もそのうち携帯を持たれました。周囲に迷惑がかかるからじゃないかと思います。みんなが携帯を使う世の中で、自分だけ使わないというのはできないと思います。

メールアドレスというものを私が初めて持ったのは、1994年、東大の一年になったときでした。全員に、アットマークの左が、学生証番号であるようなメールアドレスが配布されました。多くの人がパソコンを持ち、個人的なメールアドレスを持つようになった時代は、やはり2000年ごろでしょうか。携帯電話のメールは、しばらく文字数の制限があったと思います。現代、どこにもかしこにもメールアドレスの記入欄があり、メールアドレスがないと、それらの欄を埋められません。

このような次第で、みんながAIを使う時代だと、AIがあること前提で世の中がまわり始めますので、どれほど不気味で、使うのがあまり気が進まなくても、使わざるを得ない時代なのだ、と感じるわけです。AIに頼って、効率的に論文を仕上げることができましたけれども。ここで感じる「便利さ」は、新幹線ができたときの「夢の超特急」という言い方と同じで、そのうちあまり感じられなくなるのかもしれません。

リニアモーターカーも、同じようなもので、できたときはおそらくものすごく速い乗り物に思えるでしょうが、リニアモーターカーがあること前提で世の中がまわるようになるころには、単に世の中がますます忙しくなっただけに感じられるのかもしれません。

これらの現象の逆みたいなものもあります。1994年、大学に入り、ある寮に入りました。まかないつきの寮でした。その寮の食事はあまりおいしくないことが寮生の共通の認識だったと思います(のちに改善されおいしくなりましたが)。その年の3月末に寮に入り、2週間後くらいに東大の1年生となりました。一緒に東大の1年となったある寮の同輩と、東大駒場の学食でお昼を食べたところ、彼は目をまるくして、「ここの学食、うまいな!」と言いました。当時、東大の学食もそんなに特筆するほどおいしくはなかったでしょうが、われわれは、寮の食事に「慣らされて」いたのでしょう。ピアニストのルービンシュタインは、人々はどんな環境でもあっという間に順応すると、その自伝に書いていますが、本当にそうだと思います。

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