楽譜に書いてあることと矛盾するが音楽的なテンポの取り方(指揮をしてみて知ったこと)

これは、クラシック音楽に関するマニアックな記事です。それでもよろしければどうぞお読みください。
大学3年の頭に、東大オケをやめて、しばらくたち、五月祭で仲間の演奏を聴いたときのことになります(日記によると1997年5月25日)。田代俊文先生の指揮で、ブラームスのハンガリー舞曲第6番が演奏されました。客席で聴いていて、なるほどと思った表現があります。以下の楽譜をご覧ください。

これは、シュメリンク編曲によるオーケストラ版の第1ヴァイオリンの一部です。うまく書けませんでしたが、基本のテンポはヴィヴァーチェであり、この楽譜で4小節目にトランクイロと書いてあり、5小節目でヴィヴァーチェに戻ります。6小節目以下は本当は繰り返し記号で書かれており、6小節目のフェルマータののち、7小節目にモルト・ソステヌートと書かれています。田代先生は、この楽譜で5小節目の頭から6小節目の2拍目の頭までをインテンポで行かれました。私は、この曲は中学のときにオリジナルの連弾版の譜めくりをしたほか、高校1年のときにオーケストラで演奏しています。なかなか楽譜通りの演奏を聴く機会はないのですが、確かに楽譜通りだと田代先生のような表現となるわけです。これは非常に練習に時間を要したと感じられる、こだわりのある表現で、うならされました。
この年のサマーコンサートも私は聴きました。ツアーを追いかけて北海道でも聴きました。(日記によると全部で3回聴きました。7月18日新宿、8月7日函館、8月9日札幌。函館サマコンはブログ記事にしたことがあります。最後にリンクをはります。)サマーコンサートは三石精一先生が指揮されましたが、サマーコンサートのアンコールで、このハンガリー舞曲第6番は演奏されました。私は聴いたはずですが記憶にありません(日記には記録されています。最後にはる記事にも触れてあります)。最近、当時の仲間に会い、この演奏会で三石先生が指揮されたときは、音楽的にピタッとはまったという思い出話を聞き、以下の経験を思い出したのです。
その東大オケの演奏会からかなりの年月が経過した2015年、私は勤めていた中高のオーケストラ部で顧問をしており、この前の年くらいからたまに指揮をしていました。なかなかない経験をさせてもらったと振り返ります。8月のオープンキャンパスのオープニングで、ベートーヴェンの「運命」の第1楽章を指揮することになりました。部員の皆さんと練習をしました。以下のような箇所があります。

第1ヴァイオリンで、再現部の直前から書きました。この楽譜の9小節目のフェルマータに向かって、オケは自然とリタルダンドします。ベートーヴェンは楽譜にリタルダンドとは書いていません。どうするか悩みましたが、当日、インテンポで指揮した私に対し、オケは、インテンポで行った人と、リタルダンドした人に分かれ、ばらばらになってしまいました。とまってしまったとかいうことにはなっていませんが、成功とは言えない出来となりました。外国の友人にメールで「ベートーヴェンの5番を指揮した。成功とは言えない」と伝えましたら「その曲の指揮が難しいということは、世界中の指揮者が言っている」という返信がありました。
この翌月、私は文化祭で再びこの曲を指揮するチャンスがありました。そのときは、楽譜と矛盾する表現にはなるが、ここは部員の皆さんの自然な流れにそって、リタルダンドしよう、そうしたらきっとうまくいくだろう、と思っていました。しかし、私はその月に体調を崩し、その文化祭は休み、そのリベンジは果たせなかったのでした。
これも、先ほどのブラームスで言えば、私には田代先生のような統率力はないので、楽譜通りやろうとして、崩壊しかけたということでしょう。三石先生は、おそらく少ないリハーサル時間でも合わせられるように、音楽的に自然な表現の指揮をなさった、ということだろうと思います。
(ブラームスのハンガリー舞曲第6番の、先ほどの箇所の、楽譜通りにやった演奏として、外山雄三さん指揮、新星日響のCDがあります。田代先生と同様の表現です。また、外山さんは、「運命」の上の箇所を、ほぼ完璧なインテンポで行く演奏をテレビで披露していたこともあります。ストコフスキー指揮ロンドン・フィルの映像は、「運命」の上の箇所で、堂々とリタルダンドする演奏になっています。私が知らないだけで、ほかにもたくさんサンプルがあることでしょう。)
本日の記事はこれだけですが、先ほどの外国の友人の言葉の意味は、その何年か後に実感されました。つまり、私は、「運命」を指揮して失敗したと思っていましたが、「世界中の指揮者が難しいと言っている『運命』の指揮の難しさを、肌で実感した」という、貴重な経験をした、ということに気づかされたのです。かけがえのない失敗だったかもしれません。
最後に、97年の函館サマコンの記事をはります。(あれから29年ですが、東大オケの皆さんは今年もツアーに行かれるのでしょう。)

