${(x^n)^{\prime}=nx^{n-1}}$物語

久しぶりに、授業の様子の公開の記事を更新しますね。出てくる生徒さんには使用許可をいただいております。

今回の内容は、高校で習う内容をなんとなく覚えておられるかた向けです。少し難しめの内容を前提とさせていただきたいと思います。

その生徒さんとは、比較的最近、ある休日の明るいうちに「第0回」(はじめましての会)を行いました。高校時代、とても勉強がおできになった、しかし、病気で念願がかなわなかったとおっしゃる大人のかたでした。数学が、大ざっぱに解析、代数、幾何からなることをご存じだったり、学びたいこととして、フーリエ解析とおっしゃるので、おもに解析方面にご興味がおありということで、ただし私の経歴をご覧になってお分かりの通り、私には中高の教員の経験はあっても、大学の教員の経験がないこと、また、星くず算数・数学教室の講師になっても、たとえば、大学1年生の微積はちょっとだけ、大学1年生の線形代数は皆無、という経験の状況なので、ご一緒に学ぶしかないこと、しかし、だんだん分かって来たのは、私は並みの大学の先生の水準から見てもひけを取らないくらい賢い(自分で言っておこがましくて申し訳ございません!)ということだと申し上げましたら、笑顔をお見せになりました。

また、私が試しに円周角の定理の証明(中学3年で習います)をおたずねしますと、苦笑いしながら、わかっていないかも、とおっしゃるようなかたでした。そこで結局、東大の教養学部の無料のプリントで、微分の基礎を学ぶところから、となりました。

初回の授業が来ました。大学のプリントとはいえ、初歩のプリントなので、まるで高校の数学のように書いてあります。私はしばしば「数学Ⅱ」(高校ではじめて微分・積分を学ぶ教科書)の教科書の、「そもそも微分とはなにか」のご説明からいたしました。ときどき笑いながら聞いておられます。「極限値」について、(高校流に直観的なものですが)新たに持って帰っていただいたものがありました。幸先のよいスタートだと感じました。第0回の日は、祝日の明るいうちでしたので、定義や定理の重要性をお感じになられたそうで、芳沢光雄先生の本を借りて来ておいででした。(芳沢先生は偉大な同業者の先生です。)高校の「数学Ⅱ」の教科書から学ぶことになりました。

第2回は、${f(x)=x^2}$として、${f’(x)=2x}$となるような計算は、${f’(x)=\lim_{h\to0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}}$から導くことがおできになりました。高校時代に勉強がおできになった、賢いかたなのです。「数学Ⅱ」の微分が終わってしまいました。そこで、${n}$を自然数とするとき、${x^n}$を微分するとなぜ${nx^{n-1}}$になるのか、を次回、やることになりました。私もたいへんやりがいのあることです。

その第3回の授業への準備は、大げさに言って論文を執筆するときのような、中くらいに大げさに言ってセミナー発表の準備をするような、わくわくした気持ちですることができました。私の授業はわかりにくすぎて教員時代は崩壊しました。いま、私は、ほんとうにわかってもらえる人の前で、二項定理の証明からするのだ。そのように思い、数学の研究者に戻ったかのような気持ちで準備をすることができました。

当日、私は、いまから私が述べることに、循環論法があったり、論理的に穴があったり、雰囲気でなんとなく伝えようとするところがないかどうか、チェックしながらお聴きいただきたい、と述べました。それだけで「ありがとうございます」と言われました。私は説明をはじめました。

小学校6年生の教科書で「場合を順序よく整理して」という項目があります。たとえば、A、B、C、Dの4チームが総当たり戦の試合を行うとき、生じる試合をすべて書き出せ。教科書にはまず、同じものを2回数えてしまったり、数え忘れがあったりする例が出されています。こういった場合で、「もれなく重複なく」数え上げるのを小学校6年生で習うわけです。6年生は「A-B、A-C、A-D、B-C、B-D、C-D」と書ければ合格です。この試合数を、「${_4C_2}$」と書くことにします。すなわち、${_4C_2=6}$です。試合とは2チームでやりますので、4チームの総当たり戦の数は、4つの異なるものから2つを選ぶ場合の数となります。それを${_4C_2}$と書くわけです。これは数を表しており、${_4C_2=6}$であるというわけです。

ここで2つの性質を認めていただく必要があります。以下の2つです。ひとつは、${_3C_3}$ということで、3個のうちから3個全部を選ぶ場合の数は${1}$通りで、${_3C_3=1}$です。一般に自然数${n}$について、${_nC_n=1}$であること。もうひとつは、${_3C_0}$についてで、3個の異なるものからまったく選ばない場合は「まったく選ばない」という場合が${1}$通りだけなので、${_3C_0=1}$です。一般に自然数${n}$について、${_nC_0=1}$です。この2点をお認めいただきました。

さらに、${_nC_r=_{n-1}C_{r-1}+_{n-1}C_r}$ (※)であることもお認めいただきました。これは、${n}$個のものから、${r}$個選ぶ場合の数ですが、ある特定の1個に着目し、それを選ぶ場合と選ばない場合にわけます。その1個を選んだ場合は残り${n-1}$個から残り${r-1}$個(すでに1個選んだので)を選ぶことになります。その1個を選ばなかった場合は、残り${n-1}$個から${r}$個を選ぶ場合の数となります。それで(※)が成り立つことも認めていただけました。

それで以下の図をご覧ください。テフで書こうとしたら難しそうでしたので、手書きのノートの写真です。${C}$の左下の添え字が${1}$であるのは、${_1C_0}$と${_1C_1}$しかありません。左下が${2}$であるものは3種類あります。このように、(この数を二項係数と言いますが。こういう名で呼んでしまうと、あたかも二項展開したときの係数であることがわかったうえでのネーミングとなってしまいますが)二項係数を図のように末広がりの三角形状に並べたものを「パスカルの三角形」と言います。(私はパスカルの三角形について、これ以上のご説明はしていません。)

そして、これを具体的な数で書くことにしますと、まず、以下の絵のマルで囲った部分はすべて${1}$であるわけです(前に認めていただいた性質より)。

それから、重要なことがあります。前に認めていただいた${_nC_r=_{n-1}C_{r-1}+_{n-1}C_r}$(※)という性質から、パスカルの三角形の「うえの2つ」を足したものが、「したの1つ」になっているのです!(これを申し上げたとき、その生徒さんは「あ」と声をもらされました。)このようにして、パスカルの三角形を、具体的な数で書けることになりました。以下の絵をご覧ください。

そして、ここから、形式的、論理的な「二項定理の証明」をすることになりました。二項定理の最もシンプルで重要な場合は「${(a+b)^2=a^2+2ab+b^2}$」です。これを一般化して、

$${(a+b)^n=_nC_0a^n+_nC_1a^{n-1}b+\cdots+_nC_{n-1}ab^{n-1}+_nC_nb^n}$$

となることを主張するのが二項定理です。これを数学的帰納法で証明することにしました。

(途中で、なぜこのような式変形をするのか、といったようなご質問をいただきました。私は、あくまで形式的、論理的な証明をしているのであって、実感は伴わないであろうこと、あとで、実感を伴うような、その代わり少し数学としては厳密性を欠いた議論もするつもりで、とりあえずこのへんは形式的、論理的な証明ですと申し上げましたら、そのまま聞き続けられました。ほんとうにありがたいかたに聞いていただいております。)

まず、数学的帰納法について。これは、私が最初に出会ったのは中学のとき、「ゲーデル、エッシャー、バッハ」という本で、記号論理学的に数学的帰納法が書いてあったときでした。それは、数学的帰納法を知っていること前提の記述でした。そのとき、私は理解不能でした。のちに高校2年のときに、私の好きだった学者肌の数学の先生が、数学的帰納法を説明してくださるころには「先生、そこまでやらなくてもわかりますから・・・」と思うほどに成長していたものです。とりあえず、自然数${n}$についての命題を証明するにあたって2つのステップを踏む必要があり、ひとつは${n=1}$のときに成り立つことを示すこと、もうひとつは${n=k}$のとき成り立つと仮定して、${n=k+1}$のとき成り立つことを示すこと。これで、その命題が、すべての自然数${n}$について成り立つことは証明できるというものでした。これはお認めいただいて、先に進みました。

まず第1段階として、${n=1}$のときに成り立つことからです。左辺は${(a+b)^1=a+b}$です。右辺は${_1C_0a+_1C_1b=a+b}$です。成り立つことが示せました。(ここで「なにを示しているのか」というご質問をいただいたと記憶しています。先述のように、形式的、論理的に証明しているのです。)

つぎに、${n=k}$のときに成り立つと仮定しましょう。

$${(a+b)^k=_kC_0a^k+_kC_1a^{k-1}b+\cdots+_kC_{k-1}ab^{k-1}+_kC_kb^k}$$

が成り立つと仮定するわけです。

ところで、帰納法の「目標」は以下です。これが示されれば、二項定理の証明は終わりです。

$${(a+b)^{k+1}=_{k+1}C_0a^{k+1}+_{k+1}C_1a^kb+\cdots+_{k+1}C_kab^k+_{k+1}C_{k+1}b^{k+1}}$$ (※※)

そして、${(a+b)^{k+1}=(a+b)^k(a+b)}$です。ここで帰納法の仮定を使うと

$${(a+b)^{k+1}=(_kC_0a^k+_kC_1a^{k-1}b+\cdots+_kC_{k-1}ab^{k-1}+_kC_kb^k)(a+b)}$$

です。ここで右辺を、分配法則によって展開します。

すると、以下のように、同類項が出て来ます。

${(a+b)^{k+1}=_kC_0a^{k+1}+_kC_1a^kb+_kC_2a^{k-1}b^2+\cdots+_kC_{k-1}a^2b^{k-1}+_kC_kab^k+_kC_0a^kb+_kC_1a^{k-1}b^2+\cdots+_kC_{k-1}ab^k+_kC_kb^{k+1}}$

これは、${a}$と${b}$についての${k+1}$次の斉次式(すべての項が同じ次数の多項式)であることに注意して、「目標」(※※)と比較すると、${_kC_ra^{k-r+1}b^r+_kC_{r-1}a^{k-r+1}b^r}$と、${_{k+1}C_ra^{k+1-r}b^r}$が一致すれば、われわれの二項定理の証明は終わるわけです。そして、それはまさに(※)から成り立つわけです!(よく見てくださいね。)これで、二項定理の形式的、論理的証明は終わりになります。

ここから、これがなにを意味するか、やや感覚的議論となります。数学では「お話」と言いました。厳密さを欠くものの、感覚に訴える議論を「お話」という専門用語で呼んでいたのです。そのような議論をいたします。ここは私は何度も循環論法に陥るでしょう。

おそらく昔の人は、「2乗する」というのは、具体的に面積を求めることだったのでしょうから、たとえば${a+b}$の2乗は、以下の絵のような正方形の面積を考えることだったでしょう。この正方形は、1辺が${a}$の正方形1個、1辺が${b}$の正方形が1個、1辺の長さが${a}$と${b}$の長方形2個、に分解されたでしょう。これで${(a+b)^2=a^2+2ab+b^2}$に相当する計算をしていたのでしょう。

そうして、もう1次元、あげますと、1辺の長さが${a+b}$であるような立方体の体積は、図のように立方体を8つの直方体にわけ、それらの体積は、1辺が${a}$である立方体、1辺が${b}$である立方体、それから見にくいですが、体積が${a^2b}$であるような直方体が3つ、体積が${ab^2}$であるような直方体が3つ、あるはずです。これを代数的には${(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3}$と書くのでしょう。このような代数的な書き方が、フワーリズミーらの業績であると考えられるわけです(耳学問ですみません)。

3つの要素からなる集合{1,2,3}の部分集合は、φ、{1}、{2}、{3}、{1,2}、{1,3}、{2,3}、{1,2,3}と、8つあったわけです。これは「1を含むか含まないかで2通り、2を含むか含まないかで2通り、3を含むか含まないかで2通り」と考えますと、おのずと${2^3=8}$個の部分集合があるわけです。

二項定理で${a=1,b=1}$としますと、${(1+1)^n=_nC_0\cdot1^n+_nC_1\cdot1^{n-1}\cdot1+\cdots+_nC_n\cdot1^n}$です。すなわち

$${2^n=_nC_0+_nC_1+\cdots+_nC_n}$$

です。ここでわれわれは人類の叡智みたいな式に出会います。

$${1+3+3+1=2\times2\times2}$$

さて、感覚的な二項定理の話はこのへんまでにしまして、再び数学的な話に戻ります。${(x^n)^{\prime}=nx^{n-1}}$になることの理由です。${f(x)=x^n}$としますと、以下のようになります。

$${f’(x)=\lim_{h\to0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}}$$

$${f’(x)=\lim_{h\to0}\frac{(x+h)^n-x^n}{h}}$$

ここで二項定理を使うわけです。

$${f’(x)=\lim_{h\to0}\frac{_nC_0x^n+_nC_1x^{n-1}h+_nC_2x^{n-2}h^2+\cdots+_nC_nh^n-x^n}{h}}$$

${_nC_0=1}$ですから、${x^n}$が打ち消しあって、以下のような式になります。

$${f’(x)=\lim_{h\to0}\frac{_nC_1x^{n-1}h+_nC_2x^{n-2}h^2+\cdots+_nC_nh^n}{h}}$$

${h}$で約分ができます。(微分とは小さいもの割る小さいものですので)

$${f’(x)=\lim_{h\to0}(_nC_1x^{n-1}+_nC_2x^{n-2}h+\cdots+_nC_nh^{n-1})}$$

これで${h\to0}$としますと、2番目以降の項はみんな${h}$を含んでいて${0}$に近づきますので、以下のようになります。

$${f’(x)=_nC_1x^{n-1}}$$

ここで、${_nC_1}$とは、${n}$個の異なるものから1個選ぶ場合の数ですので、${n}$です。すなわち、以下のようになります。

$${f’(x)=nx^{n-1}}$$

すなわち、以下のようになります。

$${(x^n)^{\prime}=nx^{n-1}}$$

これで、証明終わりです!

その生徒さんは、心底、納得なさったようでした。高校のときからの長年のなぞが解けたような感じでした。極めてありがたいことです。

引き続き、この生徒さんとは、積分するとなぜ面積や体積が出るのか(なぜ積分は微分の逆の操作なのか)を学んで参りたいと思っております。ありがたい生徒さんです。これからもご一緒に学んでいけたらと願っております。

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