学校の事務員時代に受けた質問2つ

私はかつて中高の教員でした。徹底的なダメ教員でした。皆さんも、学校におられた、ダメ先生のひとりやふたりはご存知ではないでしょうか。そんなひとりだったのです。授業は常に崩壊していました。あまり質問も受けませんでした。考えてみれば、ダメ先生にあえて質問に来る生徒さんは稀でしょうね。受けても、おもに大学入試問題の解説で、論理的に飛躍があって読み解けない場合に質問に来られるのであって、私が読み方をお伝えすると、すぐに去る生徒さんがほとんどでした。

教員を11年やって、ダメ教員すぎて、事務員にさせられた1年目のことです。私は図書館で司書をやらされていました。そこへ、ある国語の先生が現れました。「星くずさん!なんで、円に内接する四角形の向かい合う角の角度の和は常に180°になるの?」と言われました。そんな「本質的な」質問をお受けすることは教員時代にほぼ皆無でしたので、喜んでお答えしました。これを成立させているのは円周角の定理ですので、円周角の定理を覚えておられるかおたずねすると、覚えておられないというので、円周角の定理とその証明からお伝えしました。それには三角形の内角の和が180°であることも使いますので、その証明までしたと思います。久しぶりにうれしい質問だったので、よく覚えています。(ちなみにユークリッドでない幾何学では、三角形の内角の和は180°になりません。私は大学および大学院で、双曲幾何学などもよく使いました。ですからこれはユークリッド幾何学での話です。)

もう1つの質問の話です。司書もダメだった私は、しばらくして総務に配属されました。図書館の司書だったときに親しくなった生徒さんがいました。仮に「渡辺くん」としましょう。渡辺くんは図書館が大好きで、わずかな休み時間でも、よく図書館に来て本を見ているのでした。われわれは親しくなりました。渡辺くんが「先生は東大を出ているのですね。すごいですね」と言ってきたこともあります。渡辺くんは、私のダメ教員ぶりは知らない世代の生徒さんでした。

それで、総務に配属されていた時代の話です。渡辺くんと、廊下ですれ違いざまに質問を受けたことがありました。学校の先生で、論理の意味の矢印(「${\Rightarrow}$」)を違う意味で使っていたのを見たが、いいのか?というような問いでした。私は、それはよくないと言い、大学院でよく見た、そういうときに数学の専門家がよく使う矢印をお伝えしました。やがて渡辺くんは高校3年生となったようでした。あるとき、渡辺くんは、総務にいた私に数学の質問をしに来ました。私は、これは渡辺くんが私に質問をしに来る最初で最後の機会であることを察知し、全力を出すことにしました。

面談室で、質問が始まりました。ほどなくして、私は、渡辺くんが、およそ数学の教科書の記述や、模範解答の記述などは、すべて、行と行が、論理で結ばれていることを理解している稀有な生徒さんであることを認識しました。これは、当たり前のようで、きちんと理解している人は稀です。答案の行と行のあいだはすべて「必要十分条件」あるいは「十分条件」「必要条件」で結ばれているのでした。われわれはお互いに「見抜きあい」ました。彼も、自分のしたいような質問のできる教員が、私のほかにその学校にはいないことに気付いて私に質問に来たのでしょう(もっとも私はそのとき教員ではなく事務員でしたが)。私は「世の中は論理でなくて空気で動いているから、論理に強いだけでなく、じょうずに空気を読んで世の中を渡るすべも持っていないと私みたいになっちゃうよ」というような余計なことまで言ったと思います。

3月になりました。制服を着た渡辺くんは、事務室に顔を出し、ある名門と言われる大学の工学部に合格した報告に来てくれました。ダメ教員すぎて、高校3年の受験指導を1度も任されず、したがって高校3年生が合格の報告とお礼を言いに来る、という経験のなかった私にとって、渡辺くんの報告は、唯一の合格報告となりました。

あとから知るところによると、渡辺くんは、その学年で、「突拍子もなくできる」生徒さんであったそうです。

以上、長い記事になってしまいましたが、事務員であった時代に受けた質問2つの記事でした。

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