英語教育と数学教育の共通点と違い

最近の小学校の英語の教科書、また中学校の英語の教科書を読み、英和辞典も引いてみて思うことがあります。私が英語教育を受けた30年くらい前の英語教育の反動が来ているなあ、と思うわけです。ひとことで言うと、会話中心で、文法がないのです。われわれの多くは母国語が日本語だと思います(違うかたには申し訳ございません)。小さいころ「あぶう、ばぶう」とだけ言っていて、周囲の大人が「どうしたの?」とか言っているうちにいつの間にか覚えてくるのが母国語の特徴です。これに対して、外国語というものは、文法と単語で、論理的に学ぶものです。それが語学というものだと思います。しかし、現代の小学校、中学校の英語教育は、論理ではなく空気で(すなわち、雰囲気とノリで)英語を教えようとしています。私は、小学校では勉強もダメでしたが、中学に入ったときから急に授業が「体系だった」(論理的になった)気がし、中学に入って最初の中間テストで500人中6番を取って、突然、優等生になりました。それで東大、そして東大数理(大学院)と進んだわけですが、私が現代の小学生、中学生であったなら、英語で落ちこぼれているかもしれません。「そこでなぜ in ではなく on を使うのか」といったことの説明がまるでないのです。

これがどうして私が受けて来た英語教育の反動であると思うのかと言いますと、われわれのころから次のようによく言われていたのです。中高で6年間、ギッチリと英語を学ぶのに、なぜ多くの日本人は英語を話せるようにならないのかと。これは英語教育の弊害ではないかと。それで、その反動が現代の英語教育に来ているのではないかと考えられるのです。「英語は英語で考えるべし」というスローガンもよく聞いたものです。現代の英和辞典を見てみると、when の説明でさえ「いつ」という「日本語訳」を決して出さないくらいの徹底ぶりです。

しかし、私の感覚では、これは従来型の英語教育の弊害の「理解し間違え」としか言いようのないものです。実は「これだけギッチリ学ぶのに、ちっとも日常に生きないではないか」と言うべきものは英語だけではないのです。数学を例にとってみましょう。

私には「聴いた音楽のほとんどすべては耳だけで聴き採れており、紙とえんぴつだけで、楽譜に起こすことができる」という特技があります。急速に陳腐になる表現を使えば、これはサヴァン症候群の典型的な特徴です(極端な数学の才能と極端な音楽の才能。サヴァン症候群の診断はくだっていませんが主治医も認めており、また自閉症の診断はくだっています。障害者手帳2級です)。そこで、ココナラという売り買いのできるSNSのようなもので、採譜の依頼を受けています。私の住む土地の最低賃金は時給1,000円であり、これを基礎とした定価をつけています。つまり、6時間かかりそうな採譜は、6,000円が欲しいわけです。ではいくらの定価とすればよいか。まずココナラに仲介手数料として22%を引かれます。つまり、定価を${x}$円とすれば、手に入る金額は${0.78x}$円となるわけです。さらに、著作物使用料が発生します。JASRAC(日本音楽著作権協会)に著作物使用料を納めねばなりません。国内作品であった場合、売り値の10%が著作物使用料となります。つまり、${0.1x}$円が著作物使用料となるわけです。これも引かねばならないので、${0.78x-0.1x}$で、${0.68x}$円が手元に入るわけです。(税の計算を省略しています。税は${1.1}$をかけたり割ったりするだけで、かけ算だけでできた式なら、どの過程で行っても同じであるものですから。)つまり、売り値の68%が手に入るわけです。68%をだいたい67%だと思うと、ほぼ${\frac{2}{3}}$倍です。売り値の${\frac{2}{3}}$が手に入るわけです。${\frac{2}{3}}$の逆数は${\frac{3}{2}}$です。つまり定価は欲しい金額の1.5倍としなければなりません。5割増しとなります。6,000円が欲しいときは、定価を9,000円としなければならないのです。採譜をご依頼になるお客様には「計算の根拠をお知りになりたい場合は遠慮なくおっしゃってください。ご説明いたします」と申し上げておりますが、説明を希望なさったお客様はおられません。そもそもなんで22%と10%を引かれると5割増しになるのか、理解されているのかどうかもわからないのです。しかし、これは義務教育の範囲内の算数・数学です。

高校受験をなさった多くのかたは「食塩水の問題」というものをやらされた記憶がおありかと思います。中学受験を経験なさったかたも覚えておいででしょう。「6%の食塩水350グラムと14%の食塩水450グラムを混ぜると何%の食塩水になりますか」といった問題です。私も私立中高の数学の教員でしたから、毎年、中学入試、高校入試で作らされたものです。これらの問題は、「割合」というものを問うています。しかし、「食塩水の問題」は明らかに現実の食塩をはるかに超越して「問題のための問題」となっており、受験突破の意味しか持っていないのでした。先ほど述べた「採譜の定価の定めかた」などに役立つことはないのです。これは売る側の私にとってのみならず、消費者としてもこの計算ができないということになります。「中学と高校でギッチリ数学を学ぶのに、ちっとも数学ができるようにならないではないか」ということが言えると思います。すなわち、この現象は英語に留まらないのです。

ダメ押しで、もう1例、挙げておきます。同じく採譜ですが、あるご依頼で、お客様ご自身の作曲した曲の採譜がありました。楽譜入力ソフトで書いてみますと、ちょうど2ページになりました。しかし、そのご依頼は「1ページにおさめてほしい」というものだったのです。半分にせねばなりません。私は50%の縮小をかけました。すると1辺が半分になってしまい、全体としては${\frac{1}{4}}$になってしまったのです。つまり半ページになってしまい、小さくなり過ぎです。ではどうしたらよいか。2回かけて${\frac{1}{2}}$となるようにせねばなりません。つまり${\sqrt{\frac{1}{2}}}$倍せねばならなかったのです。これはすなわち${\frac{1}{\sqrt{2}}}$倍です。分母を有理化して、${\frac{\sqrt{2}}{2}}$倍です。${\sqrt{2}}$は1.414…(ひとよひとよ)ですから、1.414÷2で、だいたい71%と出ました。それで71%の縮小としますと、ちょうど1ページにおさまったのです。このように、義務教育で習う平方根というものの勉強は現実に役に立ちます。これがおそらく多くの人はできないのです。「中高6年間でギッチリ学んだのに、ちっともできるようにならないではないか」というのは、英語教育に限った話でないことはお分かりいただけたかと思います。

というわけで、現代の英語教育は、文法と単語で論理的に教える路線でなくなり、空気で(雰囲気で)教えるようになりました。しかし、これはわれわれ世代の英語教育の弊害を勘違いしているものなので、根本的な解決にはなっていません。たとえば、これでもテストをするなら、「食塩水の問題」に相当するような「問題のための問題」が作問され、on と書くべきところで in と書いたらバツが打たれ、問題を解く側もそういう問題を解くのが当たり前だと認識してテストに臨むようになります。

つまり、「テストのための勉強」というものが根本の間違いのもとです。日常の勉強がどれくらい定着しているかを「試す」のが「テスト」ですから、そのテストのために勉強するという「テスト勉強」とは本末転倒の勉強なのです。テスト勉強の一種である受験勉強というものも本末転倒です。受験勉強で得られるものは合格だけです。受験勉強で合格以外のものは得られないとしてもおかしくないのです。高校までに英語をギッチリ学んでも使えるようにならない本当の理由はそれであり、それは数学教育も同じです。

というわけで、英語教育と数学教育の共通点と違いについて見て参りました。当教室は問題解決型ではありません。私の授業を受けて成績が急によくなるようなことは期待できない代わりに、テスト勉強から離れた算数・数学の本質について、基礎から学べるという教室です。興味を持たれたかたは、ぜひご入門をご検討ください!

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