十五歳は人生勉強のスタートのとき(「論語」より、また「魔女の宅急便」より)

こんにちは。最近、体調不良にて、ブログの更新が滞っておりました。以下に、ある生徒さん(Rさん。仮名)に送った二週間ほど前のメールを、ご本人様の許可を得て、掲載したいと思います。

きのう(2025年6月23日)の気づきです。

前回、Rさんには、先天的な(天才型の)能力と、「人間力の」能力について、お話しいたしました。私は前者が高く、後者は極めて愚かでした。後者の能力を持った人(正確には人生の両面を見たゆえにこれらの現象を言語化できる人)の例として、パウロ、ブッダ、安冨歩さん、私も含めて、そして多くの芸術家、芸能人、芸人の皆さんを挙げました。ここに「孔子」も入ることに気づいたのです。

具体的には論語の以下の極めて有名なフレーズです。

子曰く、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲するところに従って、矩(のり)を踰(こ)えず。

最初に思ったのが、心の欲するところに従って、矩を踰えず、ということで、だいたい人間が生まれながらに備えている自分の心のうちなる声、いわば人生の羅針盤的なものの指し示すほうに歩いていって、だいたいあっている状態だと思います。私はこの「人生の羅針盤」のようなものがはなはだ狂っていた(狂っている)と認識せざるを得ません。しかし、孔子がそのように自分の感覚で動けるようになったのは、七十歳のときなのでしょうか。そのつもりでこの文を読み直しますと、十五歳で学問をスタートさせるのは遅すぎることに気づかされます。現代の日本でも、十五歳というのは、義務教育の終わる年齢であり、勉強を開始する年齢ではありません。数学もそうですし、音楽(とくにピアノやヴァイオリンの演奏なら)もそうで、遅すぎです。ここで学問(勉強)と言われるのは後者の人間力の勉強で、人生勉強のほうです。たとえば、いつも同じ例で恐縮ですが、映画「魔女の宅急便」において、大きく怖そうな犬が出ますが、ご承知の通り、その犬は親切であり、ジジとキキは助けてもらえるのです。ここでひとつ勉強になりました。怖そうに見える人がじつは親切であり助けてもらえるときはある。このような意味での勉強です。(キキさんも魔女の修行に出たのは十三歳でありました。そのくらいの年齢が、人生勉強のスタートと認識されているのでしょう。)孔子は次に、三十にして立つ、と言っており、二十代はまるまる飛んでいます。四十にして惑わず、で、惑わない、つまり、先述の「人生の羅針盤」(あるいは多くの場合「理性」と言いますが)はだいぶ正常化しつつありますが、ここから五十にして天命を知り、六十にして耳順がう、があり、本当に自由になるのに七十歳くらいまでかかっています。つまり、孔子もまた、長くとらわれた人だったと気づかされます。考えてみますと私も十五歳よりまえは、とらわれ百パーセントだった気がします。

孔子は(パウロやブッダと同じく)お育ちが悪く、一回しかない人生において、途中で気づいた人であり、その人生の両面を見た人ゆえの視野の広さからさまざまな「名言」が生まれ、それらが収録された作品が「論語」であると気づかされました。

以上です!

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