「同じ」という概念の数学的な定式化である「同値関係」の、ある東大数理の先生の推移律の教え方から

数学に「同値関係」という概念があります。日常語である「同じ」という言葉の数学的な言いかたであると思っていただいて結構かと思います。同値関係は、集合の2つの要素のあいだに定められた関係「${\sim}$」であって、以下の3つの要請を満たすものです。
1.${a\sim a}$ (反射律)
2.${a\sim b}$ ならば ${b\sim a}$ (対称律)
3.${a\sim b}$ かつ ${b\sim c}$ ならば ${a\sim c}$ (推移律)
本日は、この同値関係というものに深入りするつもりはありません。私が学生時代の東大数理の先生で、織田孝幸先生という、代数の先生でありながら、トポロジスト以上にトポロジーに詳しいと言われた偉大な先生が、学部生に、この同値関係の「推移律」を教えるときのたとえからちょっとブログ記事を書こうと思った次第です。
織田先生は、この3番の推移律を「友達の友達は友達」と教えておられました。
これは、なかなか伝わりやすい教え方ではないかと思います。
しかし、実際には友達の友達が友達であるとは限りません。友達の友達が敵であることもしばしばです。この意味で、「友達」というのは、同値関係になり得ないのでしょう。
ここから考えをふくらませますと、この「友達」という関係は、2の対称律も満たさないのではないか、と思えます。
${a}$が${b}$の友達であるならば、${b}$は${a}$の友達である。これも必ずしも成り立たないと言えましょう。こちらがある人を友達だと思っていても、向こうはこちらを友達だと思っていないことはあります。逆に、友達だと思っていない人から友達だと思われていることもよくある気がします。
それで、1の反射律も、「友達」という関係は満たさないのではないか、というふうに考えを進めてみます。
${a}$は${a}$の友達である。
ある人に聞いてみました。自分とまったく同じ人がいたら、その人と友達になれるか。その人は、時と場合によるけれども、基本的には友達になれるとおっしゃいました。すごいことです。私にはまねできません。私は、自分とまったく同じ人がもう一人いたら、その人と仲良くできるとは思えないからです。
いかがでしょうか。皆さんは、自分とまったく同じ人間がいた場合、その人と友達になれますか?
ひとの場合を空想してみることもできます。あの人は、まったく同じ人がもう一人いたら、その人と仲良くできるであろうか・・。いろいろなタイプの人がいるでしょうね。
なんとなくですが、こち亀の両さんは、同じ人がもう一人いても、意気投合して楽しくやれそうな気がします。スネ夫はもう一人いてもダメかなあ。ドラゴンボールの悟空がもう一人いたら、お互いに仲良くやれそうな気がしますが(いやわからない?)、のだめカンタービレの千秋はダメな気がする。舌切りすずめのおじいさんは二人いても大丈夫そうですが、舌切りすずめのおばあさんは二人いたらケンカになりそうです。天才バカボンに出て来るめん玉つながりのおまわりさん「ホンカン」は、もう一人いたら、お互いに「タイホする~!」と言いながら発砲しあう気もします。
すみません。同値関係の推移律を東大数理の織田孝幸先生が学部生に説明するときの「友達の友達は友達」という言いかたから、かなり想像をふくらませました。でも、なかなか楽しいですね。本日は以上です!
