「本当のお金儲け」

このところだんだん気づいてきていたことではありますが、この記事を書いている時点でおととい、あることをきっかけに、思ったことがあります。それを書きますね。

あるSNSのお知らせで、あるお騒がせな芸能人を叩く人は嫉妬ではないかという質問と、それに対する、その人もつまらなくなってしまった、という回答があり、とっさに私は「質問者も回答者も『金儲け』ではないか」と感じたわけです。SNSを飯のタネにしている人は思ったより多いものです。しかし、待てよ、と私は思いました。本来、「金儲け」とは、このように悪い意味の言葉ではないのではないか。

たとえば、お医者さんは人の病気を治します。ときに命を救います。それでたくさんの人から感謝されて、たくさんのお礼をもらい、結果として豊かになります。これを「医者は金が儲かる」と言っています。これが本当の「金儲け」という意味だったのです。患者も医者もハッピーになり、結果として報酬がもらえる。これが理想的な、本来の意味での「金儲け」です。

人を喜ばせるのに、所持金がマイナスになる喜ばせ方もあります。たとえばお友だちにプレゼントを買って贈る場合。これは所持金がマイナスになる喜ばせ方です。また、友達どうしで冗談を言ってその友達を喜ばせるパターンは、所持金がプラスにもマイナスにもならない喜ばせ方です。いっぽうで、先述の医者のような、所持金がプラスになる友達の喜ばせ方があり、それを「お金儲け」と言っているのです。

では、いわゆる嫌な意味での、我利我利亡者(がりがりもうじゃ)としての「金儲け」は何が違うのか。これは、極端に言えば「飢え死にを恐れている人が必死で金を集めている」ということができます。お金がなくなって、食べるものがなくなって飢え死にしたらどうしよう。そう心配する人の必死の金儲けがあるのです。私は長いこと、こちらの金儲けしか知りませんでした。(餓死をなさるかたはたまにおいでになります。新聞沙汰になります。しかし、それは稀であり、しかしその餓死を極度に恐れている人がいるのです。極端な言いかたをしておりますが。)その「どろぶねから落ちることを恐れたような」必死の金儲けがあるのです。「なぜそんなに必死になって金を集めるのか」と思うような、必死の金集めです。それが、多くの皆さんが悪い意味で使われる「金儲け」という意味です。

大船に乗った人は、お金がなくなって飢え死にするような心配はしていません。いい意味でどんぶり勘定的であり、使うときはポーンとお金を使います。それでみんながハッピーになり、結果としてお金がたくさん入ってくる。これが真のお金儲けです。

こういう人を「長者」と言います。大船に乗った人のお金儲けです。これは、幼少のころ、親から「お前はいい子」と教わって育った人の特徴かもしれません。

私は長いこと「自分はダメだ」と刷り込まれていたことを実感しています。私はどろぶねに乗っていました。いまも乗っています。自営業の初心者となった私は、改めて、「仕事」とか「お金」について根本から考え直すときに来ていると感じています。この記事は、そんな私の一里塚なのだと思います。

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