「論理的思考」=「空気を読むな」、「生きる力」=「空気を読め」

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

私の経歴と算数・数学に対する考え(私の経歴と算数・数学に対する考え | 星くず算数・数学教室 (hoshikuzumath.com))に詳述してありますが、私は東大理学部数学科と東大大学院数理科学研究科の修士課程を出まして、博士課程で挫折し、博士課程を単位取得退学して30歳のときに中高の教員になったら徹底的なダメ教員で、11年教員をやって教員をやめさせられ事務員にさせられましたが事務員はさらに向いておらず、昨年(2022年)の2月に失業いたしました。私は極めて「論理的な」人間だったのです。空気が読めなくて論理に強い人間でした。7年前、40歳のときに発達障害の診断がくだりましたが、まさに「空気が読めない」のは発達障害の典型的な症状でした。教員時代も常に職員室で「浮いて」いました。これは幼少のころからそうです。空気が読めなくて、論理的な説明を受けないと、皆さんが簡単だとおっしゃるようなことも理解できないのでした。それで目下、仕事を失っています。

文科省が「論理的思考力をつける」と言ってプログラミング教育等を小学校の教科書に入れたりしています。だいたい世の中でニーズのある数学と言いますと、統計学かプログラミングです(プログラミングを「数学」と言うかどうかは置いておきます)。「論理的思考」をひとことで言いますと「空気を読むな」ということです。私の学歴が異様に高いのは、学校の授業や教科書のようなものが極めて論理的だったからです。私は勉強「だけ」できるタイプでした。それ以外のことは大概、できません。

一方で文科省は「生きる力を養う」とも言っています。世の中は論理でなく空気で動いています。いくら論理に強くても、空気を読んで世の中をじょうずに渡るすべをも持っていないと、私のように仕事を失ってしまうのです。つまり「生きる力」をひとことで言いますと「空気を読め」ということです。文科省は「空気を読むな」と「空気を読め」という、相反するようなことを2つ同時に言っているのです。

では、文科省はどう言いたいのかと考えますと、これは「空気を読め」と言っています。なぜなら、「こういう場面では空気を読むな。こういう場面では空気を読め」と言っていますが、その場面における判断はどうするかと言いますと「空気を読んで判断せよ」と言っているからです。ですから文科省が言いたいのは「空気を読め」ということです。

これはなぜかと言いますと、文部科学省のような国を動かす機関には、東大を出た私の先輩、同輩、後輩の皆さんがたくさんいて、皆さん優秀な成績で、じょうずに空気を読んで受験勉強して東大に入り、空気を読んでじょうずに就職をしていまの地位にいるからです。東大を出ていても、年収や地位の高い人は、「周囲よりちょっとだけ賢い人」です。私はちょっと東大でも極端なタイプでした。「お手頃な賢さ」の東大出が、現在、国を動かしています。だから文科省の言うことは「空気を読め」なのです。みんな空気を読んでじょうずに世の中を渡ったからです。

そのようなわけで、本当に論理に強くなりたいかたは、ぜひ当教室にご入門ください。文科省よりも、多くの名門大学教授よりも、はるかに「賢い」講師がここにおります(笑)。なにしろ、論理に強すぎて社会に適応できず、仕事を失ってしまうほどの人ですからね!皆さんのお問い合わせを心からお待ち申し上げております!

目次