なんとなくわかったというのは実はわかっていないという貴重な経験をなさった中学生の生徒さん

また、当教室の授業の様子を公開いたしますね。掲載に当たり、ご本人様および親御さんの許可は得ております。
最初のお問い合わせは、今年(2023年)の3月でした。中学1年生の生徒さんの親御さんからのお問い合わせでした。親御さんは「数学検定は受験数学の派生のようで真の数学のおもしろさではないと感じる」と書かれました。私も数学検定はそのように感じていましたので、賢い親御さんであると直観いたしました。そして、「はじめましての会」(第0回、無料相談)をいたしました。
その中学生さんは、はきはきと、私に2つの質問をしてくださいました。ひとつは、2つの三角形が合同であることの証明はどのようにすべきか、ということで、もうひとつは、おすすめの数学の本はなにか、ということでした。私にできる限りのお返事をいたしました。おすすめの数学の本は、3冊、挙げました。
春休みが終わり、その生徒さんは2年生に進級なさいました。学校で数学はできるほうであるようで、「先取り勉強」を希望しておられました。最初、中学3年生の教科書でスタートしようとしましたが、私のほうに迷いが出てしまい、せっかく教科書を買っていただいたのに、私が撤回したり、いろいろこの生徒さんにはご迷惑をおかけしてしまいました。2回ほど、私が大学院で学んだようなことで、中学生でも理解できるのではないかと思うような話題を出したのち、高校1年生の教科書で「集合と命題」という章を学ぶことになりました。集合論の入門編であり、論理を扱う分野であり、前提となる予備知識があまり要らないということがこのジャンルを選んだおもな理由でした。
5月ごろからその「集合と命題」を、高校の教科書に沿ってご一緒に学んで参りました。この生徒さんは、なかなか独創的でした。「集合が等しい例」を挙げてもらったとき「地球上にある学校の集合と、世界にある学校の集合」とおっしゃいました。確かに!そして、「身近にある無限集合の例」を考えてもらったとき、この生徒さんは「1日の、一瞬一瞬のなす集合」とおっしゃいました。確かに!
われわれは回を重ねていきました。しかし、だんだんこの生徒さんは、当初のはきはきした様子が減退して来られたように私には感じられました。命題の真偽を述べたり、「必要条件」「十分条件」「必要十分条件」というようなことを考えるころには、だいぶ、おっしゃることが不明瞭になって来ました。
9月ごろ、お互いに気が付いたのです。いつの間にか、だんだんわからなくなってきているということ。ご本人もおっしゃっていました。自分の言っていることが正しいのか正しくないのか、わからないと。私たちは、わかるところまで戻ることにいたしました。結局、「集合と命題」の最初に戻ることになりました。
大変な決断です。ここ数か月でやって来たことが「ちゃら」になってしまうのですから。しかし、私たちはとても大切なことを学びました。「勉強というものは、なんとなくわかって進むと、じつはわかっていないので、しまいにはまったくわからなくなる」ということです。私たちは貴重な経験をしました。このことを、身をもって学んだのです。
集合の頭に戻った日、また私はおたずねしました。本当はどういうことを学びたいのか。授業をつぶしてのご相談の回となりました(こういう場合は基本的に「方向性を考える会」として無料相談とするのですが、この生徒さんの場合は、有料の授業の時間を使ってしまいました。でもこれでよかったと思います)。小学校の算数の学び直しなど、いろいろな提案をいたしましたが、この生徒さんは、最後に、ご自分の希望を言ってくださいました。図形の分野が得意であり、サイン、コサイン、タンジェントを学びたいと。それで、その次から「三角比」を学ぶことになりました。心機一転、やり直しです。私が「わからなかったら聞くのですよ。わかるまで聞くのですよ。私は話が長いから、私の話の腰を折ってでも聞くのですよ」と申し上げると、はきはきと「はい」「はい」と笑顔でお答えになりました。頼もしいです。
本稿執筆時点で、次回がその「三角比」の初回ということになっております。私も、生まれて初めて三角比を学ぶ人に三角比をお伝えするという、重い責任が伴っています。新たな気持ちでこの生徒さんと向き合いたいと思っています。
(※サムネは、この生徒さんに最初におすすめの数学書をたずねられたときに挙げた3冊のうちの1冊です。河野俊丈著「曲面の幾何構造とモジュライ」日本評論社、1997年。著者の河野先生は私が学生時代に東大数理の先生でした。お近くで接すると痛感する、底抜けに賢い先生であられました。この本は、曲面、すなわち2次元の多様体の幾何構造について述べたもので、冒頭は高校修了程度の知識を前提として読み進むことができ、最後まで読むと当時の最先端まで行けます。2023年になって、この本は四半世紀以上ぶりに増補改訂版が出たようですが、私はそちらは知りません。曲面の幾何構造には、3種類あり、楕円的、ユークリッド的、そして双曲的幾何構造があります。当教室のロゴは種数2の閉曲面(2人乗り浮き輪)ですが、これには双曲的幾何構造が入ります。この本は3次元ポアンカレ予想の肯定的解決の前の著作ですが、当時、河野先生は学部生向けのガイダンス的な授業で「ポアンカレ予想はあと数年で解決されるでしょう。私が解決するというわけではないですけどね」と言っていたものです。3次元多様体にはサーストンの幾何化予想というものがあり、それは3次元ポアンカレ予想を含む予想であり、2003年にポアンカレ予想はその幾何化予想から肯定的に解決されました。私はそのポアンカレ予想の解決の日本初紹介である、小島定吉先生(東工大、当時)の東大における90分のセミナー(「3次元多様体の幾何化について」)を聞いています。時代の節目にいさせていただいたことを思います。ともあれ、中高生が背伸びして読むには適した本だと思います。(この本の書誌を書くことを条件に、日本評論社さんからブログでの表紙の使用の許可をいただきました。これは書誌以上に、本の宣伝みたいになっていますが…))
