自伝風の読み物 ㉙ 修士論文提出後、病気

物語調を続けます。

前回までのお話は以下の2つの記事をご覧ください。

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修士論文の提出後、博士課程の1年で、私は大きな病気となり、2年の休学となり、その後、数学的にさえたエピソードはなくなってしまいます。本日はそのころ、さえていた最後のころのことを書きます。

Torelli群がtorsion-freeだと知ったのち、Torelli群はextended Hatcher complexにもfreeに作用することが言えました。これは修論にも載せています。これが、colored extended Hatcher complexのときのように、エレメンタリーに示せるのかは(できそうな気はしますが)やってみていません。それで、同じころ知ったことですが、Torelli群は、タイヒミュラー空間にもfreeに作用します。Torelli群の作用でタイヒミュラー空間を割ったものをTorelli spaceといいます。タイヒミュラー空間は、実${6g-6}$次元ユークリッド空間と同相なので(この数は境界成分の数、パンクチュアの数で少し変わります)、Torelli spaceは多様体になります。つまり、Torelli spaceのホモロジー、コホモロジーは、Torelli群のホモロジー、コホモロジーに一致します。(普遍被覆であるタイヒミュラー空間が可縮だからです。)

タイヒミュラー空間のHarerによるセル分割は、学部4年で読んだ[K]で知っていました(Harerの複体)。そのセル分割は、次元の低いセルは無限遠に行っているのでした。ここから気づくことがあります。先ほどの議論から、Torelli群のホモロジー、コホモロジーは、タイヒミュラー空間の次元より高いところは消えているわけですが、もっとずっと下のほうまで消えている、タイヒミュラー空間の次元のだいたい${2/3}$くらいまでは次元が下がるということです。これに気づいたのがおそらく博士課程1年になってすぐくらいではなかったかと思います。

院生室の皆さんに聞いてみました。どなたに聞いても、このことをご存じの方はいません。ある先輩は「それっておいしいんじゃない?」と言われました(大発見かもよという意味です)。私は皆さんのすすめで、当時、2次元のトポロジーで非常に有名な先生であった森田茂之先生のお部屋をたずねました。森田先生は笑顔で迎えてくださいました。私がおそるおそるたずねると先生は「それはHarerがスパインをはっているから当たり前だよ。それよりもっと下がるならおもしろいけどね」とおっしゃいました。私は図書館でそのHarerの論文([H])を見てみました。そこに載っている図を見てすぐに思いました。私と同じことを考えている!私はHarerに遅れること15年でした(Harerの論文が1986年、そのときは2001年)。

博士課程入学のオリエンテーションで、岡本和夫先生が以下のようにおっしゃった話を思い出しました。皆さん、新しく何かを思いつくでしょう。この数理の図書館に行って調べてごらんなさい。それは、8割がたは誰かがやっているものです。しかし、それを繰り返せば、${0.8\times 0.8\times 0.8\times \cdots}$で、いずれ自分のオリジナルの論文が書けるものですよ・・・。落胆に落胆を重ねることになるであろう博士課程の院生を励ます言葉だったのだと今気づきますが、そのお話の直後だった気がします。

もっとも、先ほど書いたHarerの複体が、Harerの独創ですから、Harerさんが自身で気づかれるのは当然であると言えるわけで、ここでこんな話を書いている私は情けないとしか言いようがないのですが、これが自分の独創性の発揮の最後であるような気がするため、記した次第でした。

博士課程1年で私はひどい精神病となりました。夏ごろから日に日にひどくなりました。そのころの日記は悲惨でなかなか直視ができませんが、夏に教会学校のキャンプの引率をし、足をひねってじん帯を損傷したころから悪くなりました。2001年9月10日、リーマン面研究集会で講演をしました。同時多発テロの前日でした。場所は東大数理であったためいつもと同じところに行ったわけです。修論の内容を話しました。病気が重く、ひどかったと思います。その日の司会の先生や、前後に受けた質問等をかすかに覚えていますが、それ以外はほぼ何も覚えていません。

つい最近知りましたが、このときの私の話を覚えておられる先生もいらっしゃったのです。すべて四半世紀後の最近知った話ばかりです。

本日はこの物語調の話をどこまで書こうかと思いましたが、このへんまでとさせていただきます。このあと私は、2年の病気、そして、大学院に復帰したころもありましたが、全力で考えると再発をする気がして、全力で考えることができていないのです(実際に当時全力で考えたら再発していた気がします)。この次は、2004年に修論が引用され、また、数学の研究で生活することをあきらめたころ、岡山大で120分の講演をするころのお話をいたします。現在の視点からお話をしようと思います。

(アイキャッチ画像は、2001年1月提出の修士論文から、パンツ上のキルト分解の図です。)

References

[H] J.Harer,  The virtual cohomological dimension of the mapping class group of an orientable surface, Invent. Math. 84 (1986), 157-176

[K] 河野俊丈『曲面の幾何構造とモジュライ』日本評論社、1997

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