ショスタコーヴィチの交響曲第5番はなぜあんなにわかりやすいのか

(これはクラシック音楽のマニアックな話ですが、なるべく多くの人に通じるように書きたいと思います。)
ショスタコーヴィチの作品で、私が最初に親しんだ曲は「交響曲第5番ニ短調」でした。ラジオのFMで聴いたと思います。(若杉弘指揮N響でした。N響定期演奏会の実況放送だと思います。)非常にかっこいい曲でした。大学に入ってから、ショスタコーヴィチはクラシック音楽の作曲家のなかではかなり新しいほうで(1906年生まれ)、難解な現代風の曲が多いことを知りました。この交響曲第5番は、例外的に「わかりやすい」作品だったのです。どうしてこういう作品が生まれたのかということについて、最近の私の認識を書こうと思います。
ショスタコーヴィチの作品で、交響曲第2番ロ長調というものがあります。極めて難解な曲ですが、私には、この作品(1927年作曲、作曲家は21歳くらい)は、「才能ある若い作曲家であるショスタコーヴィチが、一度は書いてみねば気が済まなかった作品」であるように思えています。
さて、交響曲第5番ですが、1937年に作曲されています。ブラームスやチャイコフスキーの交響曲のように、調性がはっきりしていて構成上もわかりやすい作品ですが、当時、こういう交響曲を書く作曲家はほぼいなかったと思います。そのブラームスやチャイコフスキーが交響曲を書いていたのは19世紀の終わりごろで、この曲が書かれる50年くらい前の話です。エルガーやシベリウスの交響曲が書かれたのも、この曲よりずっと前です。つまり、かなり「時代遅れな」作品だと思います。なぜショスタコーヴィチはこういう作品を1937年に書いたか。
ショスタコーヴィチは、非常に才能に恵まれた作曲家だったと思います。本人もそれは気づいていたでしょう。自分も、生まれた時代によってはブラームスやチャイコフスキーのような音楽を書いていたであろうこと。自分もその気になればブラームスやチャイコフスキーの交響曲のような交響曲は書けるであろうこと。一度、機会があれば書いてみたかったのです。私は学生時代からショスタコーヴィチの伝記の類を読むのを怠っていますので、事情はよく知らないのですが、ショスタコーヴィチにそのチャンスが巡って来たわけです。それで、ショスタコーヴィチは、その時点で50年くらい前に流行ったスタイルで、ブラームスかチャイコフスキーのような交響曲を書いたわけです。四楽章からなる純粋器楽交響曲で、起承転結のはっきりした45分くらいの交響曲です。もちろん、ブラームスやチャイコフスキーの時代にはない、1937年らしい要素もたくさん入れて現代風にし、最後は徹底的に盛り上げて絶対に拍手が来るようにしてあります。こういう曲を一度は作ってみたかったのでしょう。二度はいいと思ったでしょうけれども。
「偉大な数学者は普通の人間ではないが、普通に人間である」という言葉を最近インターネットで読みました。これは「偉大な作曲家は普通の人間ではないが、普通に人間である」というふうにも言い換えることができると思います。ショスタコーヴィチは非常に作曲の才能に恵まれており、それは本人も充分にそう認識していたと思うのです。一度チャイコフスキーの交響曲のような、初期シベリウスみたいな交響曲を作ってみたい、それも自分の実力をもってすれば、それらを凌駕するような曲が作れるはず・・・というふうに思ったのかもしれないと想像する次第です。
