大友直人さんの指揮するフローラン・シュミットの「詩編47編」を聴いた(1999年9月23日)

これはまたクラシック音楽オタク話の記事です。それでもよろしければお読みくださいね。

1999年、私は大学院の修士課程の1年生でした。その9月と言いますと、いま思えば、私の最もクリエイティヴな著作である修士論文のアイデアが盛んに出ていたころで、また、楽器もとてもうまかった(いずれも自分で言ってはしようがないのですが)ころの話になります。そのころ、私は教会に通っていました。まだ正式な信者ではありませんでしたが、この年の夏には教会学校のキャンプの引率を(なかば強引に)頼まれ、急速に教会とのつながりが増していった時代のことになります。その教会の仲間のひとりが出演する演奏会に行くことになったのです。東響(とうきょう、東京交響楽団)の定期演奏会で、フローラン・シュミットの「詩編47編」という曲が演奏されるとのことでした。教会にあったチラシで知りました。

プログラムを書きますね。

ドビュッシー 海―3つの交響的スケッチ

ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲

F.シュミット 詩編47番

指揮 大友直人
ピアノ フセイン・セルメット
ソプラノ 森麻季
オルガン 水野均
混声合唱 栗友会合唱団
合唱指揮 栗山文昭

その教会の仲間と聴きに行くことになっていました。招待券ではなく、きちんとチケットを買いました。学生席で3,000円でした。前日は、東工大のトポロジーセミナーに行き、その修士論文のアイデアを共有していたある外国の若い先生の発表を聴いたり、いろいろな先生と意見交換するさまが日記に記されています。ところが、その友人は、前日に発熱をし、来られなくなりました。代わりに行ける友人をいろいろ電話で探しました(当時はあまり携帯電話がなく、メールもあまりなく、固定電話にかけるしかない時代だったと思います)。ある理科一類時代の友人が来てくれることになり、当日はその友人といっしょにサントリーホールに行きました。

日記によれば、1階のすみであったと書いてあります。トルコ地震の義援金の募金があったと書いてありますが覚えていません。

まず、ドビュッシーの「海」です。これは大好きな曲です。生で聴いた最初は、1994年のプラッソン指揮N響です。このときが2回目だろうと思います。東大オケで降り番(演奏に参加しない)の経験もあります。いまでもよくCDで聴きます(ストコフスキー指揮ロンドン交響楽団のデッカ録音)。

つぎに、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲です。フセイン・セルメットさんは、当時、よくこうして東響のソリストとしてチラシで名前を見たピアニストです。生で聴くことができました。この曲も大好きな曲です。この直後(10月7日)に、あるアマチュア学生オケで、花房晴美さんのソロでも聴いています。ここで細かい話を出しますと、ウィキペディアの初期からストコフスキーの項目で間違いがあります。ストコフスキーはこの曲をアメリカ初演していません。ストコフスキーがアメリカ初演したのは、いわゆる「両手のためのピアノ協奏曲」のほうです。しかし、あまりに長いこと間違われ続けていますので、どちらが正しいのか、わからないくらいになっていますね。このようにインターネットは信用ならないです。もっとも私のこのブログもインターネットですけどね…。皆さん、信用しすぎずにお願いしますね。

それで、休憩後に、フローラン・シュミットの「詩編47編」を聴いたのです。日記には「フローラン・シュミットの詩編47編は、想像をはるかに超えたものすごい曲で、壮大で感動的だった」と書かれています。確かに、ものすごい曲であったという強烈な記憶があります。いま、ナクソス・ミュージック・ライブラリなどで聴いても、とにかく壮大な曲です。当時はこういったインターネットのほとんどなかった時代ですので、「予習」をすることもできなかったわけです(その代わり、当日に強烈な思いで聴いたわけですが)。CD屋さんでこの作曲家の名前は目にしていました。フランツ・シュミットという作曲家もいるため、「F.シュミット」と略記すると、どちらか区別がつかないことも気づいていました。しかし、フローラン・シュミットの曲を聴くのは初めてだったと思います。近代フランスの大作曲家だと思います。

ところで、私は当時のチラシを見ながら「詩編47番」と書きましたが、これは日本聖書協会の「聖書 新共同訳」によると「詩編47編」と呼ぶものでしょう。聖書によっては「詩編」が「詩篇」だったりすることもあります。この詩編の最初の節を以下に引用しますね。

すべての民よ、手を打ち鳴らせ。

神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。

この詩編に基づいた音楽を、私はもう1つ、知っています。多くの皆さんがご存じだと思われる「幸せなら手をたたこう」です。この歌は、この聖書の言葉に由来します。これは「幸せなら手をたたこう」の作詞者である木村利人さんから聞きました。(この話はあまり知られていないのかと思いましたが、最近、本になったということだそうですね。)

これは東響を聴いた最初の経験です。学生時代にあと2回、東響は聴いており(マーラーの交響曲第6番、エルガーのゲロンティアスの夢)、いずれも大友直人さんの指揮でした。いずれそのような記事も書けたら、と思います。

その友人とは、そのころ私のなかでホットだった修士論文のアイデアとなる話で、終演後に盛り上がったと書いてあります。その友人は、ずっとのちまでこの日のことを覚えていてくれており、ときどきこの日の話をしてくれます。

というわけで、充実した修士課程1年のある日の演奏会の話でした。

(サムネイルに当日のパンフレットを使用することは東京交響楽団さんの許可を得ました。)

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