故スヴェトラーノフ指揮N響のマーラーの交響曲第7番を聴いた(1997年9月11日)

これはまたクラシック音楽オタク記事です。それでもよろしければどうぞお付き合いください。
マーラーの交響曲第7番との出会いは、大学3年のとき、1996年でした。東大の五月祭でやることになったのです。第3楽章だけやることになりました。わけもわからずやりました。当時、4人しかいなかったフルートパートで、この曲はピッコロも含めてフルートは5人いりましたので、楽譜を切り貼りし、4人で演奏できるようにしました。最初の練習はとても厳しかったものです。当時はインターネットもほとんどなく、多くの友人が、なるべく安いCDを買って、マーラーの7番を聴こうとしました。スコアも皆さん格安で手に入れようとしました。いま考えるとなかなか無謀な選曲ですが、とにかくマーラーの音楽に接したのです。わけがわからなかったというのが感想です。結局、私はその五月祭の本番の前に東大オケをやめてしまい、本番は吹きませんでした。残されたメンバーはたった3人で五月祭やサマーコンサートをやらねばならなかったことになり、申し訳なかったです。
周囲に、マーラーの好きな仲間はたくさんいました。皆さん「マーラーはいい」「マーラーやりたい」と言っていたものです。(それで五月祭のプログラムにこうしてマーラーの7番の第3楽章だけが入って来たりしていたのでしょう。)私にはマーラーのよさはわかりませんでした。「マーラーのよさなどわかってたまるか!」とさえ思っていました。いまではようやくマーラーのよさがわかるようになり、好きでよく聴いていますが、この1996年、1997年の当時はマーラーのよさはわかっていなかったものです。
東大オケをやめて、統合失調症の症状が出て学業も1年ほど休み、1997年度の頭から学業と音楽の活動を再開しました。理学部数学科の授業を受け、また、ある市民オーケストラに入ってフルートとピッコロを吹きました。その市民オケでの最初の本番が、マーラーの交響曲第1番(いわゆる「巨人」)でした。私は4番フルート、2番ピッコロ持ち替えを吹きました。なかなか楽しかったですが、それでもマーラーのよさはわからなかったものです。
このスヴェトラーノフ指揮N響のマーラー7番を聴いたのは、その年の9月11日でした。スヴェトラーノフの好きな友人がいて、彼の影響で、スヴェトラーノフの指揮する演奏会に行ったのでした。このころは、まだ私はマーラーのよさがわかっていなかったわけです。当時の日記を見ますと、そのころの私は、その「巨人」の演奏会(7月)を終えて、つぎの演奏会へ向けての練習をし、また、勉強は学部3年の、数学科の必修の授業と演習を終えて、試験を受け、そして、恋愛もしています。9月11日にNHKホールでスヴェトラーノフの指揮するマーラーの交響曲第7番を聴いたのでした。
やはり、ちんぷんかんぷんでした。第3楽章は練習したことがありますので、そこだけ知っている音楽が出てきた、という以上のことはありません。覚えているのは、スヴェトラーノフは、各楽章の休みごとに、指揮台の近くに置いた椅子に座って休憩をしていたことくらいです。指揮台に小さな扇風機をつけておられましたね。
マーラーの交響曲第7番を生で聴いた経験は、いまのところこのときだけですね。
これよりあと、私はマーラーに目覚めるときが来ます。ある少し疲れた日、マーラーの交響曲第9番のCD(クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団)を買って帰って聴いて「この曲のすべてに共感できる!」と思ってしまったのです。マーラーの9番のよさがわかってしまいました。この7番のよさも比較的すぐにわかったと思います。東大オケで皆さんの好きだった、交響曲第10番のクック版のよさもわかりました。「これがマーラーの魅力か!」。それでも、3番や8番のよさに目覚めるのにはまだだいぶ時間がかかることになります。正直に書きますが、いまだによさのわかっていないマーラーの作品として「大地の歌」があります。とにかく、私がマーラーの7番のよさに目覚めたのは、このときのスヴェトラーノフのライヴよりだいぶあとなのです。いまとなっては悔しい思い出でもありますね。
当時のプログラムを読みますと、この日の曲目解説を書いておられる音楽評論家のかたも、どうやらマーラーの交響曲第7番のよさがわかっておられない様子が伝わって来ます。1997年の東京でもその状況だったことがわかります。いまでは考えられないと思いますが、そういう時代だったのですね。
当日の日記を見ますと、始まる前のロビーの室内楽を聴いています(カセルラのセレナータだったと日記には書いてありますが、覚えていません)。改めて書きますが、その日のプログラムは以下です。
マーラー 交響曲第7番ホ短調「夜の歌」
指揮 エフゲーニ・スヴェトラーノフ
この曲は、ずっとのち、テレビでアバド指揮ルツェルン音楽祭管弦楽団の演奏会をやっていてDVDに録画したものが気に入り、よく聴いていました。大野和士さん指揮、都響の演奏会のテレビ放送も録画し、やはり気に入っていました。
そのさらにあと、最近、YouTubeで、この日のスヴェトラーノフの演奏会がアップされているのを見たことがあります!こういう演奏だったのか、と感慨深く見ました。おそらく違法アップロードだったのでしょう、すぐに消された動画でしたが、四半世紀ぶりにこの演奏会の録画を見たことになります。
よさがわかるのに時間のかかる芸術ってあるのだ、としみじみ思わされます。これを聴いたときの私は21歳です。学問や芸術とは気長に付き合うべきですね!
(最後に、ご覧にならなくてもまったく大丈夫なのですが、参考までに、私が「アバド指揮ルツェルン音楽祭管弦楽団のマーラーの7番はよい」と言ったことに触発されてアバドのマーラーをすべて購入して記事を書いた知り合いのクラシック音楽マニアがいますので、その記事のリンクをはりますね。ルツェルンのアバド (coocan.jp))
