2003年3月12日、東京文化会館で聴いたとてもいい演奏会

これはまたクラシック音楽オタク話です。

2003年3月12日のことです。私は2001年に博士課程に進学し、間もなく生涯でいちばんの大病をいたしました。ひどい統合失調症でした(いま考えると発達障害の二次障害でした)。2年にわたる学業のストップです。このあと、私は、論文を見ると発作を起こすようになってしまい、博士論文を仕上げることができず、博士課程を脱落することになるのでした。このころ、私はまだ数学者の夢をあきらめていませんでした。とてもいい演奏会を聴いたのです。この日のことを、当時のプログラム、および日記、そして記憶から、書きたいと思います。

この日の朝、私はまだ演奏会に行けるのかどうか、わかっていませんでした。2003年と言いますと、インターネットはあったものの、現在のような正確な情報があるわけではなく、この日のオケであるN響(NHK交響楽団)のホームページを見ても日付が間違っていたりして、正しい情報が得られない様子が日記に描かれています。この日の指揮者の「外山雄三」で検索して、外山雄三さんの公式ホームページを発見しました。ようやく、東京文化会館で午後7時からであることを突き止め、出かけました。

開演10分くらい前につきました。当日券はありませんでした。前にN響は必ず当日券があったという話を当ブログで書きましたが、それはNHKホールにおける定期演奏会の話であり、この日のような定期公演でない演奏会はしばしば売り切れるのでした。(この日は「2003都民芸術フェスティバル」というものであったようです。)何番目かの順番待ちとなったところで、30代くらいの男性が声をかけてくださいました(当時の私は27歳ですね)。2枚組の券を持っているのだが、たったいまもう一人が来られなくなったということで、ゆずってくださるというのです!それで私はこの演奏会を、とてもいい席で聴けてしまったのです。A席くらいであろうと日記には書いてあります。お金を払ったらとんでもない額ではなかろうか…。

おかげさまで、N響をとても間近に聴くことができました。日記には、律儀にその日のトップ奏者の名前が列挙してあります。プログラムは以下の通りでした。

ベートーヴェン 「アテネの廃墟」序曲

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調

メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調「スコットランド」

アンコール モーツァルト「レ・プティ・リアン」より

外山雄三(指揮) 前橋汀子(ヴァイオリン)

アンコールのモーツァルトの「レ・プティ・リアン」はなじみ深いイ長調の曲でした。

この日、最も感動したのが、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でした。前橋汀子さんの演奏を聴いた初めての、そして唯一の機会です。評判は前から聞いていましたが、こんなにすごいとは!決して音量は大きくないです。この21年前の時点で、すでに「前の時代の人」なのだろうと思わされました。しかし、圧倒的に「芸」の力で聴かせるソリストであられたのです。最初のヴァイオリンの出、上昇音型からして私は惹きつけられました。「終始、とりはだが立ちっぱなしであった」と当時の日記には書いてあります。「べートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ってこんなにいい曲だっけ?」と思うばかりでした。カデンツァでは、とくに弦楽器の前のほうに座っておられるオケの皆さんは、食い入るように前橋さんの演奏を聴いておられました。第3楽章も、おそらく標準的なテンポよりもだいぶ遅かったのではないかと思いますが、それを感じさせないほど、圧倒的な説得力のある演奏だったのです。

前橋さんは、クラシック音楽の女性の演奏家がよく着るように、派手な衣装に身を包んでおられましたが、あの衣装の「意味」を感じさせられた唯一の演奏会でもあります。演奏を終えた前橋さんは、笑顔でお客さんにお辞儀をしていました。口が動いていましたが、どうやら「ありがとうございました」と言っておられるご様子でした。それもこれも、すべて意味を感じさせました。前橋汀子さんは「ほんものの演奏家」だったのです!

その日、寮に帰った私は、食事のとき後輩に「流行のものは聴かないのですか?」と聞かれていますが、私は口にこそしなかったものの「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲!」と答えたかったものです。それくらい私のなかでこれは「最新流行」の音楽でした。

(いま、この21年前の演奏会のブログ記事を書きながら思ったことを書きます。前橋さんは、「自営業の鑑(かがみ)」ではないかと。「芸の力」という自分の強みで聴かせ、ファンを大切にし、東京文化会館を満員にできる。私も自営業のはしくれになったので、これは痛感いたしますね。21年ごしに、前橋さんの最近の演奏をいくつか、YouTubeで聴いてみました。当時、50代だったと思われる前橋さんは、70代くらいになっておられましたが、しっかりお仕事を継続なさっていました。魅惑のヴァイオリンでした。私も前橋さんのようでありたいものです。がんばります!)

後半はメンデルスゾーンの「スコットランド」です。これもプロの演奏で聴いたのは唯一の機会ですね。外山さんの指揮による演奏は、第4楽章のコーダが、段階的にテンポが上がる独特のものでした。これは上述の外山さんの公式ホームページであとから見たのですが、練習の段階で外山さんはテンポの設定を変えてしまい、オケに負担をかけてしまった、と書いておられました。東大オケでも何度かこの曲は聴いていますが、どうやらこの第4楽章のテンポ設定は指揮者の悩みどころのようですね(東大オケの三石精一先生は、インテンポで駆け抜けるような指揮をなさいます)。

アンコール前に外山さんのトークがあったと日記には書いてありますが、記憶にありません。なかなか話術に長けていて、笑いを取っていたと書いてあります。

とにかく、いい演奏会でした。最後に、チケットをゆずってくださった、隣の男性にもう一度、お礼を申し述べ、寮に帰ったわけです。3次元ポアンカレ予想の肯定的解決の直前の演奏会だったことになりますね。いい思い出です!

(プログラムの表紙をサムネに使用することは、日本演奏連盟さんの許可を得ました。ありがとうございます!)

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