清塚信也さん編曲の「ひまわり」の完コピを依頼された日

私には、耳で聴いた音楽を和音まで含めてそのまま正確に楽譜に再現できるという特殊能力があります。私はこの意味において、自分より耳のいい人にお会いしたことはございません。私の数学の能力を除くと、かなり突拍子もない特技です。ただ、自分のこの特技を活かした生計の立て方は、長いこと考えたことがありませんでした。しかし、2020年に仕事を休み始めて以来、自分のつぎの生計の立て方として、「耳で聴いて楽譜に起こす」(「採譜」と言います)能力で、生計を立てようと思った時期があります。本日は、仕事を失って数か月くらいのころのあるご依頼者様とのやり取りの思い出について、書きたいと思います。以下に登場するお客様(Aさん)には掲載の許可をいただいております。

2022年の6月ごろから、ココナラで販売していた、「採譜」のサービスが回り始めました。ひとたび購入者のかたが現れますと、ココナラさんが私を検索で上位に来るようにしてくださるらしく、つぎつぎにご依頼があるようになるのでした。そのころこなした採譜の件数は相当な数にのぼります。最初に私の「完コピ」のサービスを定価で購入してくださるお客様が現れたときは、ものすごくうれしかったものです。そのお客様をAさん(仮名)といたしましょう。Aさんは、マンシーニの「ひまわり」の、清塚信也さん編曲のピアノソロ版の完コピをお望みでした。私の当時の3分以内の定価は、11,000円でした。これを定価で購入してくださったのです。うれしかったです。

もともと、そのころの採譜の定価は、最低料金が1,000円で、メロディとベースラインとコードネームだけの採譜の場合は、1分の音楽で1,000円をいただいていました。これは、私の住む地域の最低賃金が、だいたい時給1,000円であることからつけた値段でした。完コピと言って、たとえば今回のような、ピアノソロ曲を「鳴っている音をすべて完全に採譜する」というサービスは、だいたい1分の音楽の採譜に4時間かかりますので、それに相当する金額で、ココナラさんの仲介手数料22%を逆算したお値段をつけていたのです。これには根拠がありました。

2019年、まだ総務に勤めていたころ、ある教会の牧師の送別会で、久石譲さんのヴァイオリンとピアノの曲(「となりのトトロ」の「風のとおり道」ですが)を、やりたいというヴァイオリンの仲間がおり、それで、休日のまる1日を費やして、ピアノパートも含めて完コピしたのです。そのころは、まだ「採譜」という言葉も知らず、finaleのような楽譜作成ソフトも持っておらず、1日、教会に滞在して、スマホとイヤホンと、五線紙とえんぴつで、ひたすら採譜したものです。完璧に採りましたが、その3分45秒ほどの動画(YouTubeにありましたが、削除されたようです。久石さんは楽譜を出回らせていないようです)で、まる1日と少し、時間がかかりましたので、完コピはだいたい1分の音楽で4時間かかると計算したというわけです。結局、その送別会はコロナでなくなりましたが。(そもそもそのピアノパートを弾ける人はいませんでした。このように、採譜をして悲しいのは、誰にも弾いてもらえないことです。)

Aさんに頼まれて、はじめて清塚信也さんというピアニストを知りました。とても人気と実力のおありのピアニストであるようです。今回の「ひまわり」のように、いろいろな曲を編曲して演奏し、YouTubeに上げておられます。最後にリンクをおはりします。Aさんは音大のピアノ科を出られた本格的なかたであり、既存の楽譜に物足りなさを感じておられ、私に「清塚信也さんの弾く通り」というご依頼をくださったのでした。張り切って仕事に臨みました。やはり、1分で4時間くらいかかりますので、まる1日と少しかけて、完全な採譜をしました。途中で、清塚さんが、マンシーニの使用している和声進行に反して違う和声を使って編曲しているところがあり(私は「ひまわり」をたまたま知っていたため、気づいたわけですが)そこはAさんとご相談し、「清塚さんらしさを損なわないように、マンシーニの書いた和声に戻す」というふうにいたしました。

1日ちょっとで仕上げ、楽譜をPDFファイルで納品いたしました。Aさんは5点満点評価をくださり、以下のようにコメントしてくださいました。

経験豊富な方のようで、短期間で仕上げていただきました。
和声の分析も教えていただき、私自身も勉強になりました。

極めてありがたいことです。

こののち、私は、その年の9月ごろ、採譜の依頼が多いときで、1週間で6万くらいを稼いだときがありました。これは、生計を立てられるのではないか?と思った私は、急に税金や著作権が気になり始めました。税金については詳しくなりはじめ、いまも勉強中です。著作権については、詳しい友人の弁護士に聞くことができました。JASRACに言うべきだということです。JASRACの言うことは筋が通っていることが多いこと、また、いままで知らずに犯してしまった著作権侵害は、正直に言えばゆるしてもらえること、などです。私はJASRACに正直に話し、いままでのルール違反はゆるしてもらう代わりに、2022年9月6日以降「ホワイトな」採譜者となりました。先ほどの「ひまわり」は明らかな著作権の侵害だったのですが、ゆるしてもらえたわけです。また、同じころ、ココナラの最低料金の変更もあり、料金も見直したところでした。(ただし実際には週に1,500円とか、そもそも週に0円のことも多く、生計を立てるには程遠いのでした。)そして、星くず算数・数学教室がまわり始めて以来、定価でしか受けなくなった採譜のサービスは、お客様が激減しました。そんななか、あのAさんが、再びご依頼をくださったのです!うれしかったです!あの「ひまわり」の楽譜に満足してくださったから、再びのご依頼だったわけです。ありがたいご依頼でした。

Aさんの新しいご依頼は、清塚信也さん編曲による「人生のメリーゴーランド」の完コピでした。「ハウルの動く城」のテーマ曲です。私のお見積りはかなり高くなってしまいました。1分の曲で1,500円をいただくようになり(最低賃金の1,000円に、ココナラ仲介手数料と、税金を逆算するとそれくらいになります)、完コピですと1分の音楽で6,000円をいただくようになっていました。3分ですから18,000円で、これに著作物使用料が加算されるようになりました。これも久石譲さんの作曲です。JASRAC国内作品であり、だいたいこれで20,000円くらいになります。Aさんは、予算オーバーで、お求めになりませんでしたが、精一杯のお言葉で、私を励ましてくださいました。本当にAさんには感謝しています。

最近、「人生のメリーゴーランド」の、ヤマハの「ぷりんと楽譜」の値段を見てみました。だいたい税込みで600円でした。たしかに、20,000円だと高いとお感じになるでしょう。多くのかたが、私のお見積りを聞いて、高くて去っていかれるのも無理はありません。採譜で生計を立てるのはやはり困難だったのです。しかし、とてもいい経験でした。ちなみに、ちょっと算数・数学的なことも申しますと、この「相場」というものが「比例定数」(もしくは「微分係数」)と言われるもので、「これくらいの値段で、これくらいのものが買えるだろう」というものです。1リットルのガソリンで、20キロメートル走れる、というのは「燃費」と言われ、1リットルの水が1キログラムの重さなのは「密度」と言われます。楽譜にも相場がありますが、私の採譜のサービスは「世界にひとつだけの楽譜を出版する」というものなので、通常の楽譜の相場を思い描いておられるかたからは、異様に高く感じられるのでした。しかし、最低賃金というのもまた「相場」であり、私の採譜の値段は根拠のある「高さ」であるわけです。

なお、私の数学の能力と、この極端な採譜の能力は、どうやら無関係ではないようです。2年くらい前に図書館で調べましたが「サヴァン症候群」といって、自閉症スペクトラム(ASD)の人間にときどき共通することがある能力らしいからです。

最後に清塚さんの動画のリンクをはりますね。これの完コピであったわけです。(楽譜そのものは残念ながらお見せできません。先述の通り、著作権侵害になるからです。)以上でした!

目次