高校1年のときの文化祭でドヴォルザークの交響曲第7番を演奏した

私は中学に入ったときに吹奏楽部に入り、たまたまフルートという楽器に当たって以来、ずっとフルートを吹いて参りました。中学校で3年間、吹奏楽でフルートを吹きました。楽しかったです。そして、高校はオーケストラ部のある高校でした。私はオーケストラ部に入りました。高校に入って最初の本番が、9月の文化祭でした。
このころ、私はまだ日記をつけていません。残された当時のプログラムと記憶から書きます。当時の最新の技術を駆使したと思われる、ワープロで打ってあるプログラムです。
プログラムは以下です。
ブラームス ハンガリー舞曲第6番
グリーグ ピアノ協奏曲イ短調より第1楽章
ドヴォルザーク 交響曲第7番ニ短調
アンコール ブラームス ハンガリー舞曲第5番
3年生の先輩が指揮しました。同じく3年生の先輩がピアノ協奏曲のソロを弾きました。
1991年9月7日、8日のことでした。文化祭は2日間開催でした。私はほかに室内楽で、スウェアリンジェンの「アヴェンテューラ」という吹奏楽曲をやっています(のちにもときどき経験することになる「オケのなかでの吹奏楽企画」でした)。
中学の3年間はずっと吹奏楽でしたので、生まれてはじめてやった本格的なオーケストラ曲がこれらだったということになります。わけてもドヴォルザークの交響曲第7番には魅了されました。当時、フルートは3人いて(各学年に1人ずつ)、かつ、ドヴォルザークの7番は、フルートは2人しか必要としないため、私は「1アシ」(1番アシスタント)を吹かせてもらいました。
ドヴォルザークの交響曲第7番は、知らない曲でした。当時はインターネットもパソコンも携帯電話もなく、滅多に音楽に接する機会がなかったのでした。この曲も、CDを聴いて演奏する人すら稀だった気がします。しかし、練習すればするほど、好きになっていく音楽でした。
「ドボ7」(「どぼしち」または「どぼなな」と言う)という略し方をするという文化に最初に接した機会でもあります。
グリーグのピアノ協奏曲を演奏した唯一の機会でもあります。これは知っている曲でした。2番フルートを吹かせてもらいました。ソロの先輩は非常にうまい方でした。
ブラームスのハンガリー舞曲第6番も知っている曲でした。この前に、オリジナルのピアノ連弾版の「譜めくり」の経験がありました。第5番も知っていました。シュメリンク編の楽譜でした。私は2番フルートを吹きました。
学生指揮の、2個上の先輩は、「練習は本番のように、本番は練習のように」とおっしゃっていました。練習は本番のように真剣に、本番は練習のようにリラックスして、という意味だったと思います。このような名言は、のちにいろいろな指揮者の先生のもとで演奏しても、聞くことのなかった言葉です。
先述の通り、ドボ7のCDを聴く人すら稀だった気がするわけです。われわれは、楽譜だけを手掛かりとして、音楽を作っていったと思います。いい意味で先入観のない、手作りの演奏になったと思います。もっとも私は当時、ただの入ったばかりの1年生でした。ただ、青春をかけて練習する先輩に圧倒され、ドヴォルザークの名曲に圧倒されるばかりであったと思います。
ずっとのち、ドヴォルザークの交響曲第7番(および8番も)は、編成および難易度等の関係で、アマチュアオケがよくやる曲であることがだんだん明らかになっていきました。私は、ドボ7もドボ8も、客席で何度も聴きましたが、私はこの2曲は、いまだにアマオケ以外の生演奏は聴いたことがありません。(ドボ8は大学2年のとき、大学の文化祭で演奏しました。)
というわけで、生まれて初めて接した本格的なオーケストラ曲が、ドヴォルザークの交響曲第7番であったわけです。感激しながら練習しました。若いときに名曲に接することができたのは、貴重な経験だったと思います。忘れられない思い出です。
