「のだめカンタービレ」「ガスを止められて風呂に入れないのだめ」と聖書(真夜中にパンを借りに来る男)

最近、マンガ「のだめカンタービレ」を買って読んでいます。いま3巻を読んでいます。音大を舞台にしたマンガです。のだめ(野田恵)はピアノ科2年。千秋真一(ちあき・しんいち)はピアノ科3年で、Sオケの指揮者です。のだめはすっかり千秋の恋人気分ですが、千秋がどう思っているかは不明です。あるとき、のだめの仲間で、コントラバスの桜(さくら)という子がいて、のだめの所持金が50円、桜の所持金が5円で、ふたりして泣きそうな顔で茶碗を持って千秋の家に来て「先輩、ごはんを恵んでください」と言います。

その次の話です。のだめは洗面器とタオルと着替えを持って千秋の部屋の前に来て「お風呂かしてください」と言います。千秋はキレます。のだめは「ガスがとめられちゃって、仕送りあしたで!あたまかゆくてかゆくて!」と言います。そしてのだめは「ショパンとかベトベンだって、貧乏をなめつくして大きく成長していったのに(よく知らないけど)、先輩は貧乏を知らなすぎでス!!そんな人に本当の音楽やベトベンがわかるのでしょうか!!」と言います。千秋は恵まれた家庭の子です。自分が貧乏を知らないことに直面させられます。そうしてのだめはゆっくり千秋の部屋の風呂に入り、「ひゃほ~♡いいお湯でした~♡ありがとー先輩♡」と言って出て来て、お礼にすっごくおもしろいという最新刊のマンガをたくさん千秋に貸そうとしてまた千秋がキレます。「こんなものばっか買ってて貧乏なのかー!!何がショパンにベートーヴェンだ!!」。

しかし、これはお金がない人の特徴であります。お風呂に入るお金はなくても、マンガの最新刊は買うのです。これは人間の真実と言えるでしょう。

聖書で、イエスが言います。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』すると、その人は家の中から答えるに違いない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげることはできません。』しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」と(新約聖書ルカによる福音書11章5節以下)。

おそらくこの男は、つぎのときは、パン5個とおかずを借りに来るでしょう。「旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがない」というのも見え透いたウソでしょう(二千年前に電気はないでしょうから、真夜中にいきなり友達が立ち寄ってパンが3個足りなくなる状況は考えにくい。だいたい何だ3個って)。千秋も、のだめが友達だからという理由ではなく、しつこいからという理由で風呂を貸していると考えられます。真夜中にパンを借りる男も、風呂を借りるのだめも、あまりしつこいと嫌われるでしょう。実際にのだめみたいな人がいたら、友達になれるかはわかりません。しかし、イエスは「あなたがたのうちのだれかに友達がいて」と話を始めています。そこまで含めて友達であると言いたいかのようです。千秋はのだめの友達だからです。このめんどくさい関係を含めて「友達」というのではないでしょうか。

そこでイエスは言います。「求めよ、さらば与えられん」と。また千秋がキレそうですね(笑)。

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