平均値と「お金」

以下は、当教室におられる、ある大人の生徒さんにメールでご説明した話を収録したものです。その大人の生徒さんは、当教室の誇る、本質的に賢い方であり、小学校の算数を学んでおられますが、「面積」を学ぶときも、「比例」を学ぶときも、単に計算手順だけ覚えるのとは対照的に、その概念の意味を考えることをもって「学ぶ」とされていました。このメールの少し前に「平均」を学ばれ、それは「ならしたもの」と認識なさいました。教科書の例ですが、3個のグレープフルーツからとれたジュースの量が、単位をmLとして、160, 150, 200 とするとき、その「代表的な値」として、170mLと考えるのですが、それは、この3つの値を「ならしたもの」なのです。これが平均です。計算のしかたは、すべて足して3で割ることです。それを前提とした私のメールです。この生徒さん(仮名をYさんとしましょう)のこの鮮明な「平均」の理解から、私が考察を進めることができた話です。
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小学6年生で習うことになっていますが、平均(「平均値」と書いたときと同じ意味だと教科書にはあります。以下「平均値」と書きます)も含めて、ある資料(たくさん数が並んでいるもの。データ)をひとつの値で代表させる値を、資料の代表値と言います。平均値はつまり代表値の一種です。平均値のほかに代表値があるかと言いますと、中央値というもの、最頻値というものがあります。私はこの3つ(平均値、中央値、最頻値)しか知りませんが、専門的にはもっといろいろあるのでしょう。(注:私の専門は狭義には位相幾何学であり、統計についてはこの十数年の文科省の初等中等教育に導入したぶんしか分からない浅学のものです。しかし、よく中学の教科書を読みますと、代表値のひとつで、「調整平均(トリム平均)」というものが余談的なコラムに載っているのに気づかされます。)中央値とは、その資料に並ぶ数を、小さい順に並べ替えたとき、真ん中に来る値のことです。以下にたとえば5つの楽曲の、所要時間を、単位を「分」として書いたとします。その所要時間の短い順に並べます。
1,2,3,4,4
この場合、中央値は3分となるわけです。平均値は(ならすので)足して5でわり、2.8分であるわけです。この資料の代表値として、中央値が3分、平均値が2.8分であるわけです。
(それで最頻値とは「最もたくさん出る値」のことで、この場合は2回出ている4分です。下手な例ですみません。)
それで、このように知って、改めて世の中を見てみますと、代表値として、中央値を採用するほうが適切な場合が(けっこう)多いのです。これは長い時間をかけながら、Yさんとご一緒に見ていきたいと思います。にもかかわらず平均値を採用することが多いのはなぜか。(我々は「代表値」の意味でしばしば「平均」という語を使っちゃいますよね。「平均的な人物像」など。)これはひとつには平均値は計算が簡単(といいますか。足して頭数で割る)なこともあるかと思いますが、以下のような議論があり得るか、という気づきがあったのです。お金です。
以下の議論はよく考えると明らかですが、たとえば、私が何かを300円で買い、お店の人に300円を払いますと、お店は300円を手にし、私は所持金が300円減ります。世間全体でプラマイゼロです。お金の移動で、今の議論がすべて通用し、世間全体で常にプラマイゼロだと思うのです。つまり「ならすとゼロ」つまり、世間全体の黒字と赤字を「ならしたもの」つまり「平均値」が、常にゼロ円なのではないかと。
以下のように考えます。300円の黒字に対して、トータルで支払われた額が300円だと思いますが、これは2人の人が払った、100円と200円払った、としてもいいわけです。以下に3人の人の収入と支出を書きます。黒字をプラス、赤字をマイナスと書きます。単位は円です。
300、 -100、 -200
これの平均値が0であるわけです。中央値は-100ですけどね。
(サムネイルにも使いましたが、以下にこれを棒グラフで表したものを再掲しますね。)

それで、確かにお金の実感としては、「一部のすごく黒字な人」と「たくさんのちょっとずつ赤字な人」という図式である気がしますので、一般には中央値と平均値は異なること、(実感としては中央値で言われたほうがピンとくること、)そして、あえて平均値を用いる理由として、お金のこの性質があるのではないか・・・と思った次第でした。すみません。長い上に分かりづらかったでしょう。このお話はこのへんまでにいたしますね。
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ここまでがYさんへのメールです。もしかしたらこの現象は、経済学の専門できっとよく知られた現象であるのだろうとも思います。このように考えますと、働いても働いてもラクにならない方がたくさんいることにも気づかされます。一部の人がたとえば帳簿の数字をいじるだけで「ぼろ儲け」をすることで、そういう現象が起きると思います。このあたりからも「新約聖書ヤコブの手紙」や、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」を読み解くことができると思います。本日はこのへんまでです。それではまた!
Ref.
田内学「お金のむこうに人がいる」
田川建三「新約聖書 訳と註 6 公同書簡/ヘブライ書」
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
