サーストンの幾何化予想および「予想に関する熱」について

「コラッツ予想に関してどう思われますか?」
というご質問をSNSで拝見しました。このブログでお答えしようと思います。
コラッツ予想とは知らないものです。ネット検索によれば、数学上の予想らしいですね。私が気になるのは、皆さんの「予想に関する熱」です。
私の院生であった時代に、サーストンの幾何化予想というものがありました。これは、3次元のポアンカレ予想を含むものでした。(私が院生であった2003年に肯定的に解決されました。私は、ペレルマンが、幾何化予想のすべてを解決し、その系としてポアンカレ予想を解決したのか、それとも、ペレルマンは、幾何化予想の一部を解決し、その系としてポアンカレ予想を解決したのか、不勉強で知りません。ご存じのかたはどうぞ教えてくださいね。)サーストンという数学者は、いま考えると(いま考えなくても当時から)、「直観的に3次元多様体が見えてしまっている人」でした。したがって、こういう「証明ぬきの発見」(=「予想」)ができてしまうのでした。幾何化予想とは、3次元多様体は、8種類の幾何構造を持ち、ほとんどのものは双曲的幾何構造を持つという予想ですが、非常に有名であったものです。
皆さんのほとんどが、サーストンを「天才」と呼ばなかった理由も今ならわかります。サーストンは明らかに天才でありましたが、当時の数学者は、仮にもサーストンと同じ土俵に乗っている「同士」であり、サーストンを「天才」と呼んでしまうと、自分の責任(自分もサーストンと同じように研究し結果を出さねばならない立場にあること)を放棄したような感じになってしまうので、誰もサーストンを「天才」とは呼ばなかったのだ、ということがよく理解できます。
多くの人は数学者というものをどう思っているのでしょうか。「数学者ってなにをしているのかな。数学といえば、学生時代にたくさん問題を解かされた。そうだ!数学者というのは、世界的な難問を解いている人たちに違いない」とお思いになるのでしょうか。
世の中の「数学すなわち問題を解く」という「偏見」は根強いものがあります。ある若いかたとお話をしていて私が「私は数学とは問題を解くものとは認識していません」と言ったところ、目を丸くして驚かれ、「では何だと思っているのですか?」と聞かれたものです。何だと言われましても答えようはありませんが、「私は世の多くの人が、数学は解くもの、と思っておられるらしいことには違和感を持っています」とだけお答えしました。
問題解決型の業績のほかに、数学には、先述のサーストンのような「発見型」(「予想」)の業績があるわけです。私の修士論文における私の定理にしましても、証明という要素もさることながら、「発見」の要素は大きいと感じます。もう少し身近な例としましては、円周角の定理(中学3年で習います)は、多くの教科書が読者に証明をやらせようとしていますが、それにしても円周角の定理を「発見」した人のクリエイティヴィティはどう言えばいいでしょう!
世の「予想にかんする熱」は、数学すなわち問題を解く、という偏見から来ていると私は見ています。「数学」を「問題」と捉えることは、数学という大きな人間の営みをかなり小さくしてしまいます。私の力は極めてわずかですが、数学の真の魅力を伝える活動を引き続き行って参りたいと思います。
