修士課程2年のときにエキストラ参加した吹奏楽の本番

この話は、もともとは1998年の学部4年のときにさかのぼります。電話がかかってきました(当時は携帯電話がなく、連絡は基本的に固定電話で来ました)。高校のOBオケへの参加のお誘いでした。院試(大学院入試)の前であり、本番は院試のあとでした。躊躇しましたが、お受けしました。その翌日に、ある市民吹奏楽団への参加のお誘いをいただいたのです。同じく院試のあとの本番でした。これはさすがにかなり躊躇し、残念ですがお断りいたしました。
しかし、その市民吹奏楽団とは縁があり、そのしばらくあと(2年後)に、本当にエキストラとして参加することがありました。もう修士論文の骨子はできているころの、修士課程1年から2年にかけてのことです。計3回の本番に参加できました。とても楽しい思い出です。そのうち、2回目である2000年5月23日のお話を書きたいと思います。
簡単に、吹奏楽とオーケストラ(管弦楽)の違いを書きますね。吹奏楽は、基本的に吹奏する(吹く)楽器である管楽器を主体とした編成をしています。弦楽器は、常にいるのはコントラバス2名くらいであり、ヴァイオリンやヴィオラやチェロはいません。それに対して、オーケストラ(管弦楽)は、「主食」が弦楽器であり、管楽器や打楽器は「おかず」です。おもにこの編成上の違いですね。細かく定義を述べると際限ないのですが、ざっくりご説明申し上げますと、こういう違いがあります。
私は、中学のときに吹奏楽であったのを除きますと、基本的にオーケストラでやって参りました。吹奏楽は久しぶりでした。オーケストラではあり得ないものとして、吹奏楽では、フルートは舞台上でお客さんの目の前(いわゆる「崖っぷち」)に座らされることがあるのでした!オケの弦楽器のかたには日常なのでしょうが、なかなか衝撃的でした。そのほか、楽しい思い出がたくさんあります。
そこは社会人の団体でした。私は社会人になってから、社会人のオケあるいは吹奏楽などには参加していませんが、いま考えると、そういったものは「サードプレイス」としての役割を果たしているのでした。皆さん、会社でも家庭でもないところに行きたかったのですね。
5月3日から5日は、富士五湖で合宿に行っています。往復も同じフルートパートの人の運転する車に乗せていただきました。車中でえんえんとしりとりをして楽しかったことを覚えています。合宿も楽しい思い出がたくさんあります。
本番は23日。プログラムは以下でした。
ジェイコブ ウィリアム・バード組曲
グレインジャー コロニアル・ソング
バッハ トッカータとフーガ ニ短調
保科洋 パストラーレ
ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」
(アンコール) ガンヌ ロレーヌ行進曲
最初の「ウィリアム・バード組曲」は、降り番(演奏に参加しないこと)でしたが、練習ではひんぱんに吹きました。これは社会人の団体で、私は学生です。私にはかなりの時間があり、練習は皆勤に近かったですので、しばしばこうして降り番の曲も、練習では吹いたのです。おいしいピッコロパートでした。ある団員さんが「ウィリアム・バードってどんな鳥なのだろうね」と冗談でおっしゃっていましたが、これは、ウィリアム・バードという16世紀の作曲家の曲を使って、20世紀の作曲家であるゴードン・ジェイコブが作曲した曲であるわけです。(ヴォーン・ウィリアムズの「トマス・タリス幻想曲」みたいなものでしょう。)
それ以外の曲は演奏に参加しました。グレインジャーの「コロニアル・ソング」は、このとき出会い、好きになった曲です。グレインジャーは、オーストラリアに生まれ、イギリスで民謡を採取し、のちにアメリカに渡った作曲家です。ピアニストでもあります。グレインジャーは吹奏楽の曲をたくさん作りました。ある私の東大オケ時代の、吹奏楽もやる仲間が「吹奏楽におけるグレインジャーは、オケにおけるベートーヴェンのようなもの」と言っていたことを思い出します。重要な作曲家である、ということですね。私はこのとき、CDを買いました(いまのようにスマホで気軽に音楽が聴ける時代ではありません)。これは、あるフルートの団員さんにお貸しして喜ばれたものです。グレインジャーの吹奏楽作品をたくさん集めたCDでした。
つぎのバッハのトッカータとフーガは、かの有名な、「チャラリー」で始まるオルガン曲です。ストコフスキーのオーケストラ用の編曲でよく知られています。このときの吹奏楽への編曲者は、デュポンという人でしたが、このときの指揮者さん(アマチュア団員指揮者であられたのか?)は、ストコフスキーのようにやりたかったのでした。そのころ、やはりスマホなどで気軽に音楽の聴けなかった時代において、私は合宿のとき、その指揮者に、ストコフスキーの指揮するシカゴ交響楽団のこの曲のVHSをお貸ししたことを思い出します。吹奏楽は管楽器ばかりですので、パイプオルガンのために書かれた曲との相性がいいのかもしれません。
ここで休憩があり、指揮者が交代し、まず、保科洋の「パストラーレ」を演奏しました。保科洋さんは、とくに吹奏楽で有名な作曲家ですが、ある大学のオーケストラでしばしば取り上げられていました。のちに、その大学オケのOBオケでも保科作品を聴き、また、その大学で講演をした(数学の講演です)とき、ちゃんと掲示板を見て、その大学では保科さんの作品をやることを確認しました。ともあれ、m6(マイナーシックス)の好きな作曲家であられることはわりとすぐに気が付くところです。
そして、ムソルグスキーの「展覧会の絵」です。これは、ラヴェル編曲に基づいた吹奏楽編曲でした。ラヴェル編曲のオケ版は、高校3年生のときに、人生で最もいっしょうけんめいやった曲です。このときは、「オーケストラの3番フルート、ピッコロ持ち替え」を吹かせていただきました。
アンコールの「ロレーヌ行進曲」は、ピッコロを吹かせていただきました。その日の日記を見ますと、緊張して、「キンキン・ピッコロ」になってしまったと書いてありますが、その日の録音(残っています)をいま聴くと、ちゃんと吹けています。終演後、このときの指揮者に「助かりましたよ」と言っていただけたことが嬉しかったことをよく覚えています。
この日は、朝早く起き、学生寮のソフトボール大会に出て(運動おんちなので、じゃんけん係)、二度寝して本番に行ったので、ずいぶん皆さんを心配させて、それで本番に臨んでいます。なかなかあきれた学生ですね。エキストラ代をもらわなかった代わりに、団費を払うこともなく、楽しめてしまった本番です。
この翌年、2001年から、私は生涯で最も大きい病気である、発達障害の二次障害である統合失調症となり、それを境に楽器がへたになってしまって戻らなくなりましたので、このときのアンコールのマーチの録音は、非常に貴重な、「確かに昔はうまかったのだ」という「証拠」となって残っています。ピッコロで調子よく吹いている唯一の録音です。
楽しい思い出でした。
