東大オーケストラの1998年の卒業演奏会の思い出

最近、内容の濃い(?)ブログ記事ばかり書きすぎたかもしれません。本日は思い出話です。1998年度の東大オーケストラの卒業演奏会に飛び入り参加した話です。単なるオタク話に終始すると思います。

今年(2025年)の9月28日に、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴きに行きたいと思っています。サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番と、チャイコフスキーの交響曲第5番が演奏されます。小林研一郎さん指揮、神尾真由子さんのソロ。チケットは障害者割引でかなりお買い得でした。最近、思いがけず病気となり、行けるかどうかわかりませんが、行けたらいいなという感じです。サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は学生時代から好きな曲であるにも関わらず、生で聴いたことがありません。ついでにチャイコフスキーの交響曲第5番もプロの演奏では聴いたことがありません。コバケンさんの指揮も生で聴いたことはなく、神尾真由子さんのヴァイオリンも聴いたことがないです。それで、サン=サーンスの協奏曲についての思い出です。

サン=サーンスの曲は、私は子供のころ、「動物の謝肉祭」くらいしか知らなかったと思います。中学のころ、家にCDというものが導入され、交響曲第3番ハ短調を知りました。ヴァイオリン協奏曲を知ったのは、大学に入り、東京に行って情報の洪水にまみれた後だったと思います。1994年に東京大学教養学部理科一類に入り、同時に東大オケ(東京大学音楽部管弦楽団)に入り、そのオケを2年後にやめたのち、おそらく1997年にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を知りました。

グリュミオーのCDを買ったのだと思います。当時はインターネットがほとんどなく、もちろん携帯電話などもなく、SNSもありませんので、CDで音楽を知るしかなかった時代です。サン=サーンスのこの協奏曲と、序奏とロンド・カプリチオーソと、ハバネラが入っていてすっかり魅せられたのです。オケはロザンタール指揮ラムルー管弦楽団。そのころ、東大オケの親友とよく音楽会に行ったり美術館に行ったり公園に行ったりして遊んでいました。彼もこの曲はラジオからカセットテープにとっていて、一緒によく聴いたものです。それはヤノフスキ指揮フランス放送フィルの来日公演のラジオ放送だと思います。ソリスト名を失念しました。彼にはたくさんの曲を教わり、ルーセルの交響曲第3番や、ウォルトンの交響曲第1番のよさを教えてもらったのは宝となっています。

東大オケには「卒業演奏会」という内輪の会がありました。東大オケは4年間で卒業でしたが、卒業する先輩をソリストにして、後輩が初見で楽譜を読みながら協奏曲を演奏して楽しむというもので、「初見大会」の一種でした。私は94年の入学ですから、自分の代が卒業するタイミングです。東大オケを途中でやめて2年が経過していましたが、私は仲間の晴れ舞台を見に、本郷の第二食堂の上にあった練習場へ向かったのでした。

98年3月26日でした。この日のプログラムを書きます。

モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調

ブルッフ コル・ニドライ

ロドリーゴ アランフエス協奏曲

サン=サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調

まず、親友の演奏によるモーツァルトのクラリネット協奏曲です。クラリネットには優秀な先輩、同輩、そして後輩がおり、私が1年であった95年の卒業演奏会でも3個上の先輩が同じ曲を非常にうまく吹いておられましたし(その日は地下鉄サリン事件の日でした。駒場から本郷に移動するとき「テロがあったらしい」というニュースだけあり、千代田線は霞が関の駅を通過していました。あとから大ごとだと判明して再び地下鉄をとめていました)、それから、その1年後、96年にも、非常にうまい2個上のクラリネットの先輩が同じ曲を吹かれました。私はそのとき2年で、2番フルートで演奏に参加、指揮は現在、大阪フィル首席オーボエ奏者となられている大森悠さんでした。その1年後は知らないわけですが、このクラリネットの同輩の演奏も非常にすばらしかったです。指揮はファゴットの友人がしました。後輩の皆さんによる初見のオケもがんばっていました。

つぎに、コル・ニドライです。これは、チェロの女性の仲間がソロをしました。考えてみると、とても人徳者であられた方だと思います。すばらしい演奏でした。

ここで、私も演奏に参加する気が起きました。もう東大オケで吹かなくなって2年、それで、サン=サーンスのピッコロで飛び入りすることを思いついたのです。

楽器は持参していません。いい楽器(ブルゲローニというピッコロで、私が東大オケに導入しました)は駒場にあり、本郷には安物のピッコロしかないことが判明しました。それでも乗ることにしました。

つぎがロドリーゴのアランフエス協奏曲です。ソロは、谷辺昌央くんです。このあとプロのギタリストとなり、現在も活躍中ですが、東大オケではチェロを弾いていました。日記に「谷辺がものすごくよかった」と記されています。すばらしかったのです。第2楽章のコーラングレのソロは、優秀な後輩が、購入したばかりの楽器で吹き、これもすばらしかったです。谷辺くんはアンコールも弾きました。後輩の女子が「かっこいいー!!」と言っていましたが、ほんとうにかっこよかったです。終わったあと彼は嬉しそうに「人に聴かれると燃えるタイプなんだ。恍惚として弾いた」と言っていました。彼はプロの演奏家向けであると直感した次第です。

それで、サン=サーンスの協奏曲となりました。この曲は、フルートは2管であり、2番フルートがピッコロに持ち替えますが、3人でひとつの楽譜を見ながら吹きました。1番が優秀な後輩、2番が知らない後輩(私は2年ちょっとで東大オケをやめているので、それより下の後輩の皆さんは顔と名前がわかりませんでした)で、私がピッコロを初見で吹いたわけです。

この曲のソロは、ヴァイオリンのうまい仲間でした。ときどき東大オケには、音大に行ってプロになっていてもおかしくないような非常にうまい人がいましたが、彼もそんなひとりです。音楽について博識であり、当時まだ珍しかったグラズノフの交響曲などを演奏会の候補曲に挙げたりしていました。卒業演奏会はグラズノフの協奏曲かなと思ったのですが、サン=サーンスを弾いたわけです。先述の通り、私はよく知っている曲で、好きな曲だったわけです。指揮はやはり顔と名前のわからない後輩の方でした。もちろんこの曲をよくご存じの方ですが、意外とこのサン=サーンスの協奏曲は、ヴァイオリンをやっている人以外はあまり知らないのかもしれません。終楽章のラストで、テンポが上がるところは、ついて行ったのは管楽器では私くらいでした。最後はピッコロの高いH(シ)で終わりますが、私はその安物のピッコロできちんと吹きました!これは最高に楽しい思い出です。

最後は、メンデルスゾーンの協奏曲です。やはりヴァイオリンの非常にうまい仲間が弾きました。指揮はこれも優秀なコントラバスの仲間で、最後は後輩のホルンが十六分音符を決め、この「卒業演奏会」は終わりとなりました。非常に楽しかったです。東大オケは私のように途中でやめてはいけないルールでしたので、引け目があったのですが、堂々とピッコロを吹いてしまった思い出です。打ち上げにも行きました。いろいろな仲間に会いました。

これが98年であり、これから倍以上の年齢となりましたが(当時、私は22歳、いま49歳)、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番の思い出は生涯でこれだけです。再来月、生で聴けるのを楽しみにしています。本日はひたすらマニアックな話で失礼しました。また!

(翌年1月3日の書き足しです。9月28日の日フィルの演奏会は行けました。すばらしかったです。神尾真由子さんの自由自在なソロ。小林研一郎さんのこれも自在にオリジナリティを出したチャイコフスキーもすばらしかったです。)

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