ストコフスキー指揮によるドヴォルザークの「新世界より」(楽譜による「ストコフスキーマジック」のタネ明かしあり)

前にも書いておりますが、私はレオポルド・ストコフスキーという往年の大指揮者のマニアです。17歳くらい(高校3年生)から好きで、48歳になる今でもストコフスキーを追いかけています。本日は、ストコフスキーが指揮したドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」で、ストコフスキーが披露している「小ワザ」のかずかずを、楽譜を書いて、一部、タネ明かしをしたいと思います。
ストコフスキーは「新世界」を得意とし、何度も録音していますが、私が好きなのは、1940年録音の、全米青年交響楽団の演奏です。しかし、それ以外のレコーディングで披露した芸も紹介します。
それでは、曲の頭から見て行きますね。
冒頭です。以下の楽譜をご覧ください。

これは「新世界」の冒頭です。クラリネットのパートを略しました。(そのクラリネットを強調するのもストコフスキーの小ワザですが。)この楽譜のどこが改変されているでしょうか。じつは、5小節目のホルンが長いです。この楽譜だと木管まで伸びていますが、ドヴォルザークが書いた通りだと、5小節目の頭でホルンの伸ばしは終わります。もっともこの楽譜の通りにやってもかなりホルンの伸ばしは間延びしますので、ストコフスキーはさらにホルンの伸ばしを短縮していますが。
このほか、第1楽章にあるいくつかの小ワザとしては、241小節目から4小節間のようなところで、弦楽器の刻みにクレシェンド、ディミヌエンドをつけること(とくにこれをティンパニにもやらせること)、397小節目あたりから大きくリタルダンドすること、また、ラストの440小節目以降の木管のトリルをホルンにもやらせること、などがありますが、それらの楽譜は省略しますね。
以下、第2楽章のいくつかの芸を楽譜化しました。
22小節以降です。フルート、ファゴット、トランペット、ティンパニだけ書きました。本来の楽譜ではトランペットはホ管です(この楽譜では変ロ管ですが)。すみません。

これは、この楽章全体の4小節目にならって、この楽譜での4小節目(25小節目)で、金管とティンパニを1拍早く出す、という小ワザでした。ドラマチックな効果をあげています。
このほかにも、ストコフスキーの芸の細かさはいろいろ実例があげられるのですが、以下に楽譜でお見せするのは、96小節目、この楽章のクライマックスです。

ハ管のトランペット(これはドヴォルザークがハ管で書いています)、第1トロンボーン、第1ヴァイオリンを書きました。ストコフスキーの改変のひとつは、トランペットにスラーをかけていることで、もうひとつは、あと2人、トランペット奏者を用意し、この楽譜で5小節目から、ミュート(弱音器)をつけた演奏をさせていることです。これも効果絶大です。この、トランペット奏者を倍、用意して、ミュートで演奏させるワザは、たとえばショスタコーヴィチの交響曲第5番の第1楽章のラストでも聴かれる編曲テクニックです。
それから、110小節目からの弦楽器を書きました。以下です。

ヴァイオリンとヴィオラとチェロのソロとなる印象的な場面です。ここで、トゥッティ、すなわち全員で演奏するようにドヴォルザークが指示しているのは、この楽譜で3小節目の頭からなのですが、ストコフスキーはその少し前からトゥッティにしてしまっています。これもなかなか絶大な効果をあげていると思います。
第2楽章の最後です。以下のワザは、ストコフスキーはやったりやらなかったりしますが、少なくとも1940年の録音ではやっています。弦楽器だけ書きました。

これは、最後のコントラバスは、コントラバスだけになって、ディヴィジで変ニ長調の和音を弾くのですが、このようにストコフスキーは、そこまで他の弦楽器を伸ばしています。これもなかなかのアイデアでしょう。さすがです。
第3楽章に参ります。第3楽章にもたくさんの工夫がちりばめられていますが、そのうちのほんの少しを楽譜で紹介いたします。以下の楽譜をご覧ください。

第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを書きましたが、これはわかりやすいでしょう。この楽譜で10小節目と12小節目にフェルマータをかけていますね。これはストコフスキーがよくやる手です。以下に見るベートーヴェンの交響曲第7番でも似たような手を使っています。

ヴァイオリンとチェロだけ書きましたが、フェルマータのかけまくりとなっております。余談になりますが、私はこのベト7の第4楽章は、人前で指揮したことがあります。よほどこう指揮してみたかったのですが、もろもろの事情でこのワザはやりませんでした。余談でした。ストコフスキーの新世界に戻りますね。
第3楽章では、以下の改変も驚くべきものです。これは1940年の録音ではなく、確か1960年代くらいのアメリカ交響楽団のライヴで聴かれる改変です。

第1ヴァイオリンとチェロを書きましたが、ご覧の通り、ダカーポの直前でダカーポせず、直接コーダに行っています!曲を知っている人からするとかなり劇的な改変に聴こえます。これがライヴ録音だけで聴かれる芸であるのは、やはりレコードを作るときより演奏会のほうが大胆になれるということだと私は思っています。貴重なライヴ録音が残ったものです。
第4楽章に入ってもストコフスキーの細かい芸はたくさん出ます。まずは冒頭の楽譜を紹介します。

第1ヴァイオリンとチェロを書きました。冒頭からダイナミクス(強弱)の差がすごいですね。これは、弾きにくいと弦楽器のかたから教わりましたが、なかなかやってみたい改変です。1940年の録音ではやっており、絶妙な効果をあげています。そして、8小節目からリット(遅くする)、9小節目でモルト・リット(すごく遅くする)をします。これもストコフスキーのおなじみの改変ですが、抜群の効果をあげています。
第4楽章も山あり谷ありで、いろいろな波がありますが、ストコフスキーは芸の細かさを発揮していきます。以下に楽譜に書くのは、大詰めです。ストコフスキーは、305小節目でシンバルを鳴らします。この曲のティンパニでない打楽器奏者は、通常、まず第3楽章でトライアングルを演奏し、第4楽章で1回だけのシンバルを演奏して出番は終わりですが、ストコフスキー版ではまだ出番があるわけです。以下の場面では、ストコフスキーはドラを追加しています。(本来、ホルンはホ管で書かれていることと、テンポ指示を書くのを省略させていただきました。)

このドラ作戦は、1940年の録音ではやっていないように聴こえますが、もっとのちの録音ではよくやっている作戦です。
そして、以下のクライマックスで、再びシンバルが鳴ります!第1ヴァイオリンとシンバルだけ書きました。テンポ指示を省略いたしましたが、どこだかお分かりになるでしょう。大詰めです。

これは、ある意味で鳴るべくして鳴っているシンバルであると言えるでしょう。さすがストコフスキーです!
最後になりますが、ラストの音にもストコフスキーはいろいろ手を入れています。かすかにティンパニのロールを入れています。さらには、だんだん音を小さくせねばなりませんので、小さな音の出しにくいフルート等は早めに切り上げさせ、小さな音が得意なクラリネット等には長めに伸ばさせる。これは、演奏者にとってもストレスの少ない、効果的な改変と言えるでしょう。
以上、ストコフスキーがドヴォルザークの「新世界」交響曲で聴かせる細かい芸のかずかずのうち、わずかなものを楽譜で紹介いたしました。こういう試み(ストコフスキーの芸を楽譜でタネ明かしするような試み)は意外と少ないのではないかと思ってブログ記事にした次第です。夢のような「新世界」ですね。私はこんなストコフスキーが大好きです!!