名を正す。以下の言葉の意味は何か。「円の面積を求める」「方程式を解く」「2つの角が等しい」(1)「円の面積を求める」

「名を正す」とは、論語に出てくる言葉で、物事を本来の名前で呼ぶことであると私は捉えています。このたびは、3回のシリーズで「円の面積を求める」「方程式を解く」「2つの角が等しい」という、いずれも学校教育の数学でよく目にする表現について、ブログを書いてみたいと思いました。第1回の本日は「円の面積を求める」です。

「円」がはじめて教科書に出るのは小学3年生の算数の教科書で「コンパスでかいたようなまるい形を、円といいます」と書いてあるところです。ところで皆さんは、円と聞いたとき、円周だけを思い浮かべますか?それとも、円の中までつまったものを想像なさいますか?

専門的には、円と言った場合は円周だけの図形を考えます。${S^1}$と書きます。円の中までつまったものは、円板(えんばん)と言って区別します。${D^2}$と書きます。英語でも、前者はcircle(サークル)と言い、後者はdisk(ディスク)と言って区別します。このとき、「円の面積を求める」という言いかたはどういう意味になるでしょうか。円といえば円周のことを指すならば、円周のような細長いものに面積はない、ということになるでしょう。「円で囲まれた部分の面積」という言いかたならば成立することになります。

おそらくこの現象を避ける意味があるのでしょうが、小学校、中学校の教科書で「円」というときには、円周なのか円板なのかはぼやかした書き方になっています。しかし、高校で「円の方程式」を習うころには、はっきり「円」とは「円周」を指しています。われわれはどこかでだまされて来たのでしょうね。私は大学に行き、このへんのあいまいさがなくなって、すっきりしたことを覚えています。

同様のご質問をしますね。立方体と聞かれて、積み木のような、中までつまったものを想像なさいますか?それとも、箱のような、表面だけのものを想像なさいますか?あるいは、ジャングルジムのような、頂点と辺だけの図形を思い浮かべられますか?これも、専門的には、1スケルトン、2スケルトンというような言いかたがあり(1スケルトンと言ったら頂点と辺だけ、2スケルトンと言ったら頂点と辺と面)、だいぶはっきりします。「立方体の体積」というときも、おそらくは中までつまっている立方体を考えているのでしょうね。

大学院で、ついに数学者の夢をあきらめ、就職活動をはじめたところ、専門の数学ばかりやりすぎて、中高の数学など完全に忘れていた私に起きたことです。あまりにも中高の数学を忘れているため、私は高校生向けの参考書を買いました。立派な大学を出られた有名な高校の先生の執筆されたものでした。以下の図のような、第1象限にある円を${y}$軸にかんして1回転させてできる回転体の体積を求める積分の問題が載っていました。

その先生は、この問題の解答を書き終えたあと、「ちなみにこういう図形をトーラスという」とお書きでした。私は素朴に不思議でした。そのころ私はぽんこつとはいえ東大数理の大学院生でした。世間知らずの大学院生でした。高校数学は完全に忘れていても、トーラスは身近な存在でした。そして、トーラスは、はっきりと、ドーナツ型の「表面だけ」をさす言葉でした。「浮き輪」のようなものを指すのです。決してドーナツのように中がつまったものを「トーラス」とは言わないのでした。この問題では、ドーナツ型の体積を求めており、中がつまっています。中がつまったドーナツのような図形は「ソリッドトーラス」というのでした。この図形はソリッドトーラスでした。だんだんわかってきたのは、大学院の数学と高校での受験数学の大きなへだたりであり、高校の世界では、ソリッドトーラスを「トーラス」と呼んでも恥はかかないのでした。これを読む高校生の誰も気が付かないのでしょう。

以上が「円の面積を求める」という言葉を見るたびに私がちょっぴりだけ感じていることです。この連載は、第2回の「方程式を解く」に続きます。次回もどうぞお楽しみに!

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