大学院に入る直前、ある教会でフルートを吹いた

これはまた昔話です。大学院に入る直前の、1999年3月28日に、あるプロテスタント教会でのコンサートで、フルートを披露した話です。25歳(2001年)の大病をして、フルートがへたになってしまう前の、いまとなっては貴重な経験の思い出を書きますね。

私がキリスト教の信者であることと、この日の会場が教会だったことは、とくに関係ありません。これは、私の先生のつてでいただいた本番の機会であったということです。そもそもこのころは私もまだクリスチャン(=キリスト信者)になっておらず、キリスト教とそれほど縁がなかった時代の話です。

そのころ、私は大学院進学を控え、卒業旅行として小笠原諸島に行ったり、大学院での最初のセミナー発表に向けて準備をしたり、という充実した日々を送っていました。その日のプログラムと、その日の日記がいま、ここにあります。全部で32組の出演者のいる、発表会のようなコンサートでした。

記憶にはないのですが、日記によると、その日、私はその教会へ、車を運転して行ったようです。25歳の大病以来、睡眠障害のため車の運転もできなくなった私としては考えられないことです。かなり早めに着いたと日記には書いてあります。この日は日曜日であり、午前中に礼拝があり、午後がこのコンサートでした。午前の礼拝から出たはずですが、礼拝のほうはまったく記憶にありません。

私以外にも、私のフルートの先生のつてで、このコンサートに出演した同門の仲間がいましたので、ほか数名のフルートの出演者がいたほか、ヴァイオリン、チェロ、アコーディオン、クラリネット、ギター、ピアノ、ソプラノ、などのかたが出演なさったコンサートでした。大人も子どもも出演しました。先生は、同じ日に別の本番があるということで、こちらには来ておられませんでした。

私の出番は、32組中、30番目でした。そのころレッスンで習っていた、タファネルの「アンダンテ・パストラールとスケルツェティーノ」という6分くらいの曲で臨みました。タファネルは19世紀のフランスのフルート奏者で作曲家です。この曲のほか、いくつかのフルート曲を残し、それから木管五重奏曲で有名な曲があります。有名なフルートのスケール(練習用の音階)を残したと思います(私はやったことがありません)。チャイコフスキーが、タファネルのためにフルート協奏曲を書く予定があったと聞いたこともあります(チャイコフスキーはそれを書く前に「悲愴」を書いて亡くなりました)。私の吹いたこの曲は、私の先生が「いい曲でしょ?フルートの曲としては」とレッスンで言っていたことを思い出します。「業界の曲」としてはいい曲、という意味でしょう。愛すべき小品です。

こういう「発表会」またはその類の本番は、聴くだけのときは気楽です。どんな楽器でも、発表会というものを聴くのはなかなか楽しいです。うまい人が出て来て感心したり、そうでもない人が出て来ておもしろかったり…。「NHKのど自慢」を見るような楽しみです。しかし、この日のように、自分も出るとなりますと、大変なことになります。あがり症の私は、かなり緊張しました。しかし、自分の出番は、どうにかこなしました。日記には「緊張し、まずいところもあったものの、全体としては、上々の出来とすべきところであろう、というべきであろう、というようなところであった。とにかく、満足である。終わったあと、やけにいろいろほめられた」と記されています。

この曲は、タイトルが示唆する通り、前半と後半に分かれています。前半が終わったところで拍手をいただき、全体が終わったところでまた笑い混じりの拍手をいただきました(ちょっとこっけいな感じの終わりかたをする曲だからというのと、私の終わりの動作がこっけいだったらしい?)。このころは、確かに私はうまかったのです。自覚はあまりなかったのですが、よくプロと間違われたりしていました。これはひとえに私の先生のご指導の賜物でしょう。確かに私の先生は実力者でした。その先生のおっしゃる通りに練習した私は、大病前には、こんなにうまくなっていたのです。

演奏が終わって客席に戻ろうとしたとき、舞台のわきに座っていた、スタッフの高校生が、ほいっとカセットテープをくれました。どうやら彼は、たくさんの10分カセットテープを用意し、いちいち録音しては、演奏が終わった出演者に、記念として渡していたらしいのですね。ありがたいことにこの日の演奏の記録はそのようなわけで私の手元に残りました。そろそろカセットテープというものを再生する機械が減って来た数年前、どうにかして、この録音を、CDにしました。いまも聞けます。10分テープなので、片面が5分であり、6分くらいかかるこの曲の最後のほうで、少し音が途切れますが、貴重な録音が残りました。この2年半後には、私は25歳の大病となり、フルートは決定的にへたになってしまうからです。この日の録音は、確かに私がかつて、フルートがうまかったのだ、ということを証明するものとなったわけです。

帰り、どうやら、くつを他の出演者のものと間違えて帰ったようです。私のよくやる、そそっかしいミスです。携帯電話もほとんどないその時代、教会に電話し、いろいろあったらしいことが日記には書かれています。この直後に私は修士課程に進学し、研究の第一歩を踏み出すわけです。この日は、なかなかない、貴重な経験でした!

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