数で表されるはずのないものを数で表しているのは「遊び」

あるときある仲間がテレビでM-1グランプリを見ていました。私は、それは漫才そのものがおもしろいのか、それとも点数化されて勝ち負けが決まるところがおもしろいのか、聞いてみました。彼は、漫才そのもののおもしろさもあるし、数値化されて勝敗が決まるところもおもしろく、両方のおもしろさがあると言っていました。なるほど。

確かに、「NHKのど自慢」でも、歌そのもののおもしろさと、鐘がいくつ鳴るか、というおもしろさの両方があります。これはスポーツでもなんでもそうかもしれません。プレイそのもののおもしろさと、点数による勝敗のおもしろさ。

小学2年生の教科書に「長さは数で表されます」「かさは数で表されます」と書いてあります。あえて「数で表されます」と書いてあるのは、当たり前ではないからです。世の中には数で表されないものがたくさんあるのですが、長さは数で表されると。そういう意味です。

上に書いたもので言いますと、お笑いのおもしろさや、歌のうまさなどは、本来、数で表しようのないものです。それをあえて数で表して楽しんでいるのは、「遊び」だからです。

数(実数)には、${a=b}$でない限りは、${a<b}$または${a>b}$のいずれかが必ず成り立つ、という性質があります。つまり、数値化すると比べることができます。逆に言うと、なにかを比べたいときに人は数値化をするのかもしれません。

また別のとき、家族でカードゲームをしました。怒りを0から10までの数で数値化し、引いたカードに書かれている出来事が起きたとき(たとえば、「レジの前の人が財布の出し入れでもたもたしていた」とか。私は自分がもたもたして人に迷惑をかけるばかりだなあ)、どれくらい怒るか、というのを他の人が当てるのです。ぴったり当たった人は2点加算。5点先取でゲーム終了です。これは、怒りという、数で表されないものを数で表すゲームであり、さらには得点の多い少ないで勝敗が決まります。これは、すべて「遊び」です。

以上、大船に乗って人生を楽しんでいる人にとって、数で表されるはずのないものを数で表しているのはすべて「遊び」です。したがって、人間の賢さも数で表されない典型的なものなので、賢さの数値化と思われている学校の成績から、偏差値、学歴まですべて、「遊び」です。それから、ものの価値が数値化されるはずはないので、お金もすべて「遊び」です。(もっともお金が足りないと生きていけないので、遊びと言っていられない面がありますけれども。しかし生き死にすべては遊びだという割り切り方もあり得るとは思います。)

これらの概念は、どろぶねに乗っている人からすると、「遊び」ですまなくなります。学歴も年収も、「人生の一大事」になってしまいます。際限のないお金儲けをする人になってしまったりします。

小学校の教科書の記述に戻りたいと思います。長さは数で表されます。かさは数で表されます。あと、数で表されるものとして、時間や重さ、角度、面積などがあるでしょうか。人間の価値は数で表されないことを忘れずにいたいですね。数で表されるはずのないものを数で表しているのは「遊び」なのです!

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