31年ぶりに明かされる東大採点の秘密

以下に書きますことは、31年前の東大入試の話です。現在の状況を私はよく知らないということをご承知おきください。でも、現代でもだいたい同じだろうと思います。
東大の数学の入試は、6問が出題されていました。私はセンター試験ののち、東大の過去問を解いていました。だいたい3問は完答(完全な答え)をしていました。多い年は、5問、完答していました。ところが、本番当日は、1問も完答できなかったのです。すべて中途半端に解きました。落ちたと思いました。しかし、受かりました。受かったのち、友達になったある理科一類の仲間は、試験当日、同じ部屋にいた人が、数学の試験終了時「5問完答!」と叫んだと言っていました。「そいつは落ちた」と彼は笑っていました。
私は三十代のとき、中高の数学の教員でした。受験産業にいたわけです。それで、意外と受験産業でも知られていないらしいこととして、東大の数学の入試は、計算用紙も集めているということがあります。そして、東大の入試は、試験の日から、合格発表まで、十日ほどありました。これは何を意味するか。
私は、理学部数学科、そして、大学院は東大数理(数理科学研究科)に行き、東大の数学の先生の実態をよく知っています。底抜けに頭がいいです。つまり東大の数学の入試は、非常に賢い東大の先生が、かなりじっくり答案を読んでいるのです。計算用紙も集めて読み、長い時間をかけてじっくり読んで判断しておられます。ここで、以下のようなたとえを出します。
「ありがとうございました」あるいは「申し訳ございません」と言う人がいたとして、それが、本当にありがたい、あるいは本当に申し訳ないと思っているのか、それとも、口先だけなのか、は、いわゆる「人を見る目がある人」は、見分けることができるのだと思います。それと同様なのです。東大の非常に賢い先生が、答案を見て、それを書いた受験生が、本当に賢い学生なのか、それとも、それっぽいことを書いているが実は何もわかっていない学生なのか、は、区別がつくのだろうと思います。私は実際に東大の数学の先生が、数学的に非常に賢いことを知っています。そういう人が、じっくり時間をかけて採点しているのです。これが東大の入試です。
大学院生時代、ある有名な大学の数学の先生で、トポロジーのある分野の日本における第一人者である先生の集中講義を聴きました。そのときの印象的な話があります。参考文献としてフランス語の論文を挙げられました。「じつはこの文献には英語版もあります。なぜ英語版のほうを紹介しないのかと言いますと、これを英語に訳した人が、わかっていない人だからです。英語のほうを読んでも理解できません。図があるのですが、フランス語版のほうの図は理解できます。これとそっくりの図が英語版に載っていますが、そちらの図だと理解できないのです」とおっしゃった上で、「こういう現象に興味のある方は英語版もご覧になったらいいかもしれません」と付け足しでおっしゃいました。私はその文献は見ていませんが、きっと、そっくりな図であっても、分かっている人が書いたものか、それとも分かっていない人が書いたものか、は、意味が分かって読む人からしたら、歴然としているのだと思います。あたかも、非常に人を見る目のある人が、「申し訳ございません」という人の、声のわずかなニュアンスから、その人が本当に悪かったと思っているのかどうかの区別がつくように、東大の数学の先生は、答案の「${ x }$」という字の、はね具合などからも、その答案を書いた人が本当に賢いのかどうか、区別がつくのだと思います。
つまり、東大の入試は、「あっているか間違っているか」「何問完答」などを見ているわけではないのです。その学生がわかっている人かどうか。それは、書かせてみればよい。そして、計算用紙も含めてじっくり読み、判断するのです。(私が勤めていた中高は、入試が終わるとその日のうちに「あっていればマル、間違っていればバツ」だけの採点を終わらせ、翌日には判定会議をへて合格発表を出していました。東大の、合格発表まで十日くらいかけているのはそれに比べてとても長いと言えます。)
東大の入試問題は難しいと言われていますが、そもそも「あっているか、間違っているか」を見るための問題ではないということも分かります。受験生に答案を書かせてみて、それを東大の先生が読んで判断するための出題であるわけです。
この「賢い先生による主観的な採点」は、大学院の入試ではもっとはっきりしていました。東大数理の入試は筆記試験が2日ののち、面接試験があり、ひとり40分から50分くらいの時間がとられていました。前に学生を立たせ、話させ、黒板に書かせてみれば、その実力はもっと露骨に分かります。博士課程の入試は修士論文の発表会でした。
センター試験はマークシート式でした。まさに「あっていればマル、間違っていればバツ」だけの採点を機械がするものです。東大ではセンター試験の成績はほとんど見られていないようでした。それは東大受験生だとセンター試験でほとんど差がつかないこともあるでしょう。門前払い(あまりセンターが低いと二次試験を受けさせない)に使うくらいでした。それは、本来はここまで書いて来たように、答案用紙を書かせて、それで本当に賢い学生だけを取りたいからなのです。
ここまで、あくまで31年前の話ですし、ほとんど数学の試験だけの話をして来ました。しかし、いまでもだいたい基本的に同じなのだろうと思います。「31年ぶりに明かされる東大採点の秘密」でした。
