自伝風の読み物 ① モノドロミー

今年(2025年)の6月に大きな病気をし、目下、療養をしています。その中で、人生のたな卸しをし、どうも、自分には大きな数学と音楽の才能があったのではないか、とだんだん気づくことがありました。幼少から人よりずっと劣った人間であるという思いが強く、実際に人間的にはその通りですが、能力的には突出した才能があったのではないか。そう思って、最近、高校時代に提出した「自由研究」というレポート(後にだんだん述べます。中高時代、おもに4次元について自分で考えたことをまとめたもの)を高校から取り寄せようとしたり(とっくに存在しないようです)、大学院から修士論文を取り寄せたり(2001。出版されていませんが2004年に引用されています。これも後にだんだん述べます)しています。それで、先日、もともとQuoraで知り合った、当教室のファンであられる方を通じて、Xをやっておられる数学者である、東北大の長谷川浩司先生(とても有名な線形代数の教科書をお書きになっている)とお知り合いになり、私の小学校・中学・高校のときのエピソードのいくつかを申し上げましたところ、以下のようにお書きくださいました。
おはようございます。昨日はすぐにはお答えせず失礼しました。
お書き頂いたエピソードから、先生が数学における創造性を早くからお持ちだったのは間違いないかと思います。
n次元錐の体積やねじれの位置など、問を立てることすらなかなか初学者では辿りつかないものだと思います。問を立てる能力こそ研究には必要なこと、そのためには数学的自然についての感覚が必要なことなど、先生も御承知かと思いますが、教えられる以前に概ね理解されていたのではないでしょうか。
(2025年11月7日、X)
ありがたかったです。考えてみますと、私はこういう話を、東大および東大数理にいたとき、誰にも話さなかったと思いますので(皆さん優秀であられてとうていこのような話はできると当時は思えませんでした)、私の幼少時におけるエピソードへの初めての専門の先生の見解だと思います。それで、続けて長谷川先生は、私の修士論文の25年ごしの投稿(私としては「記念投稿」のつもりです。古い論文ですし)を応援・協力してくださるとおっしゃってくださったうえで、私の幼少のころのこういったエピソードをまとめた「読み物」を書いてみることをすすめてくださいました。それで、毎日、時間はあるため、書いてみることにしたわけです。自分の教室のブログ記事として書き、少しずつ書いて少しずつ発表しようと思いました。前置きが長くなりました。本題に入ります。本日は、幼稚園のときの記憶を書きます。どこにも書いたことのない話、人に言ったことのない話を書こうとしています。(誰にも伝えられなかったのです。)
幼稚園は、幼稚園バスで送迎されるある幼稚園で、年中と年長の2年、通いました。ある日、幼稚園の敷地内で、みんなで遊ぶ日がありました。以下のような遊具がありました。

幼児がひとり通り抜けることのできるような「トンネル」のあいた小さな遊具であり、もしかしたら象さんのようなデザインであったかもしれません。トポロジカルには、地球に取っ手がついていて、地球全体をソリッドトーラス(ドーナツの形)と見なすことが出来、無限遠点があって世界全体が3次元球面であるなら補空間もソリッドトーラスであると見なせる形です(専門家がお読みくださると思って執筆するため、ときどきこのように専門用語を使わせていただきます。なるべく専門用語を使わずに書ける場合はそうします。なお、この時点での私は、地球を3次元球体と認識していないころなので、このような認識ではありません。幼少の私が地球をどのように認識していたかは、稿を改めたいと思います)。それで、この遊具は、記憶によれば、トンネルは、東西に通っていたと思います。私はトンネルを東から西向きへ通過しました。そこで、世界が違ってみえるような気がしたのです。それで、もう一度、トンネルを通らずに東側へ戻り、再びトンネルを西向きに通過しました。すると、また世界が違ってみえる気がしたのです。ずっとのち、このような考えはモノドロミーというのであることを知りましたが、この話は正確に述べるのが困難です。何度も私はそのトンネルを東から西へと通過しました。${n}$回通過したとしましょう。教室に戻る時間となりました。遠くで先生が私を呼んでいます。クラスメイトもみんな待っています。しかし、私は元の世界に戻らねばならなかったのです。みんなが待っている中で、私はそのトンネルを、${-n}$回、通らねば帰ることができなかったのです。先生は「もう行くよー」とおっしゃっていますが、私は元の世界に戻るべく何度もその遊具を反対向きにぐるぐるとまわっていました。ずっとのちに、解析接続を習ったとき、このときのことを漠然と思い出しました。そののち、基本群なども習ったと思います。世の中にはこういう考え方をする学問がありました。高校で理系を選び、大学で数学を選び、トポロジーを選んだとき、何度も自分の人生を振り返りつつ、自分の道はこれで間違っていないと思ったものです。25歳で大病を患うまではそうでした。
本日はこの話だけにいたします。気まぐれな更新となるかもしれませんが、だんだん書いて参りたいと思います。タグは「自伝風の読み物」といたしますので、それを選んでいただければこのシリーズの記事だけがお読みいただけます。
