自伝風の読み物 ⑪ 4つのものの並べ方は4×3×2×1通り

小学校の5年か6年のときのことです。担任の先生が、算数の授業で、${4}$つのものの並べ方について、説明されました。(これは、現代の小学生でも6年生のときに習うことになっています。)黒板にいわゆる樹形図をかいておられました。左から右にのびる樹形図でした。これはよく知られているように${24}$通りありますから、先生は、上から下まで${24}$行書かれたことになります。私はその樹形図を観察していて、気づいたことがあります。最も左は、${4}$つに分かれているわけです。その次、左から${2}$番目の枝分かれは、${4}$つに分かれたそれぞれが、${3}$つに分かれています。${1}$つfixしているので、それぞれ残りが${3}$つずつだからです。その次の枝分かれは、それぞれが${2}$つに分かれています。いま、${2}$つがfixされているからだと分かりました。よく観察すると、最後の「枝分かれ」があり、それは、${1}$つに枝分かれしているのです。これも、ここまで${3}$つがfixされているからです。それで、これらの枝は、${4\times 3\times 2\times 1}$本に分かれており、それで${4}$つのものの並べ方は${24}$通りであることに気づいたわけです。
(この、${n}$個のものの並べ方が${n!}$通りであるという性質は、小学校では習いません。現代でも高校の「数学A」で習います。私は、この性質を、習う前に気づいていた人に、自分以外で会ったことはありません。)
このことに気づいた人がおそらく最初に思うことがあります。同じように考えれば、${5}$つのものの並べ方は、${5\times 4\times 3\times 2\times 1}$通りであるはずです。すると、${5}$つのものの並べ方は、${120}$通りであることになります。多くて驚いたわけです。たった${5}$つのものを並べる場合の数が${120}$通りもあるなんて!それで、実際に紙に${5}$つの文字を書き並べてみました。なんと、本当に${120}$通りありました!それでまた驚いたわけです。ずっとのち、高校生になったとき、これは${5}$の階乗と言い、${5}$の「びっくり」と書くことを習いましたが、いかにもこれはびっくりです。
こう考えると、${6}$つの場合は、${720}$通りになるはずですが、それは書いてみなかったと思います。確かに樹形図は、${6}$つに分かれたのち、それぞれが${5}$つの場合と同じになることは理解できたからです。
(以下は少し余談です。これよりしばらくのち、この計算は、例えば${4}$つのものの並べ方で言えば、${1\times 2\times 3\times 4}$通りと考えることもできることに気づきました。${3}$人の人の並べ方の総数は${1\times 2\times 3}$通りであることは確認済みであるとします。${3}$人の人がいて、${4}$人目がそこに加わる場合、その${4}$人目をどこに配置させるかと言いますと、「一番前」、「${1}$人目と${2}$人目のあいだ」「${2}$人目と${3}$人目のあいだ」「最後尾」の${4}$箇所があるわけです。つまり、${4}$人の人の並べ方の総数は、${3}$人の人の並べ方——それは${1\times 2\times 3}$通りであるわけですが——を${4}$倍したものであるわけで、${1\times 2\times 3\times 4}$通りであるわけです。このとき、私はまだ数学的帰納法という考えを知りませんでしたが、これは帰納的な考えであったわけです。)
この「${n}$個のものの並べ方は${n!}$通りある」というものは、円の方程式、微分積分学の基本定理などと並んで、私が習う前に気づいていた数学上の性質のひとつです。
最後に少し雑談をします。いま、なるべく当時の驚きを再現するように執筆したつもりですが、なかなか当時の驚きは思い出せないものです。私は三十代で、高校の教員を経験し、この性質は、嫌というほど説明せねばならなかったのですが、「発見者ならではの説明」とはならなかったものです。作曲家のイゴール・ストラヴィンスキーが、だいぶ歳を取ってから、日本へ来て、若いころの自作のバレエ音楽「火の鳥」組曲を、日本のオーケストラを指揮して披露して話題となったそうですが、おそらくはストラヴィンスキーさんも、それを若いときに作曲した気分に戻っての指揮(作曲者ならではの演奏)は、することはできていなかったのだろうな・・・と想像する次第です。逆に言えば、「名演奏」「名講義」と言われるものは、そのとき自分で作った/見つけたがごとく(仮に自分が作った/見つけたものでなくとも)発表するもののことであるのかもしれません。
