自伝風の読み物 ⑩ 円周率、円の面積、高校時代の循環論法

小学生のときのことです。3年、4年のときの担任の先生は、穏やかな女性の先生で、印象に残る算数の授業がいくつかあります。本日、ご紹介するのは、そのうちの2つで、円周率に関する授業と、円の面積に関する授業についてです(そしてそれに伴う高校時代の思い出も)。
円周率を習ったときのことです。先生は、円周率が${3}$より大きいことの証明をなさいました。円の、直径の長さと、円周の長さが比例することを認めた上で、その比例定数が、${3}$より大きいことを示されたのです。円に内接する正六角形の一辺の長さは円の半径の長さに等しいので、その正六角形のまわりの長さは、半径の${6}$倍すなわち直径の${3}$倍であるわけですが、それよりも円周のほうが外側を通っているので、それよりは長いでしょう?という「証明」でした。感動して聴きました。同様にして、円周率が${4}$より小さい話が続きました。円に外接する正方形の一辺の長さは円の直径の長さに等しいので、その正方形のまわりの長さは、直径の${4}$倍であり、それよりも円のほうが内側をまわっているから円周率は${4}$より小さいのです。非常に感動的な授業でした。

別の日のことです。円の面積の公式を習いました。円の面積は、半径かける半径かける${3.14}$であるわけですが、先生の説明は以下のようでした。円の面積が、半径の${2}$乗に比例することは認めた上で、その比例定数がいくつであるかです。円に内接する正方形は、対角線が直径であり、その面積は、直径かける直径の半分、すなわち、半径かける半径の${2}$倍です。その正方形より円のほうが面積が大きいので、その比例定数は${2}$より大きいわけです。そして、円に外接する正方形は、一辺の長さが直径の長さに等しく、その面積は、直径かける直径、すなわち、半径かける半径の${4}$倍です。その正方形より円のほうが小さいため、その比例定数は${4}$より小さいわけです。ここまでで、円の面積は、半径かける半径かける${2}$よりは大きく、半径かける半径かける${4}$よりは小さいことが言えました。ここまで説明した先生はにやっとなさり、「皆さんご想像の通り、これは${3.14}$になるのですよ」とおっしゃったわけです。私は心のなかで「先生、いまごまかしたな!その数は、${2}$より大きく${4}$より小さいことを言っただけで、それが円周率に等しいとは言っていないではないか!」と思ったわけですが、それは口にしませんでした。前回の記事にも書きましたが、そのころの私はとにかく整理整頓ができず、なくし物、忘れ物が絶えないだらしない生徒であり、クラスのいわゆる「カースト」も最下位であったため、そのような口出しができる位置にいなかったからというのは大きかったと思います。でも、その先生の説明で、その数がほぼ円周率そのものであろうというのは充分に納得できました。

このあと、その円の面積の公式を、以下のように導く話を聞きました。これは本で読んだのであったかもしれません。円を、細かいおうぎ形に分けるのです。そして、以下の図のように、互い違いに組み合わせて、平行四辺形に似た形を作るのです。円の面積は保たれています。この、円を細かいおうぎ形にわける操作を、中心角を果てしなく細かく取りますと、この平行四辺形に似た図形は、ほんとうに平行四辺形に近づきます。(「平行四辺形」と書いてありましたが、私は、長方形に近づくではないかと思って読んでいました。現代の算数の教科書は、「長方形」と書いています。しかし、感覚的には平行四辺形と書いたほうがいいのかもしれませんが。)それで、この平行四辺形(長方形)の面積は、底辺の長さが円周の半分、高さが半径なので、(円の面積)=(円周の半分)×(半径)=(直径×3.14)÷2×(半径)=(半径)×(半径)×3.14、と円の面積の公式を導くのです。これはこれで納得しました。

これからかなりの時間が経過したのちの話になります。高校2年か3年のときの話です。(三角関数の微分を習うよりも前の話であるはずです。)${x \to 0}$のとき、${\frac{\sin x}{x} \to 1}$という性質を習ったのです(①)。これは、教科書にあるように、はさみうちの原理を用いて先生が証明されました。以下に証明の概略を書きます。現代の教科書も同様の証明でありますが、以下の図で、中心角が${x}$で、半径が${1}$であるようなおうぎ形${OAB}$を考えますと、その面積が、三角形${OAB}$の面積よりは大きく、三角形${OAT}$の面積よりは小さいわけです。

三角形${OAB}$の面積は(高さが${\sin x}$ですので)${\frac{\sin x}{2}}$、三角形${OAT}$の面積は(高さが${\tan x}$ですので)${\frac{\tan x}{2}}$であるわけで、以下が成り立ちます。
$${\frac{\sin x}{2} <\frac{x}{2}< \frac{\tan x}{2}}$$
全体に${\frac{2}{\sin x}}$をかけて $${1<\frac{x}{\sin x} < \frac{1}{\cos x} }$$ この逆数をとって
$${1> \frac{\sin x}{x} > \cos x}$$
ここで${x \to 0}$とするとはさみうちの原理より①が言えるわけです。これを習ったあと、少しこれに基づく練習問題などをやってみて、気になったことがありました。この証明は、おうぎ形の面積の公式を用いているわけです。つまり、円の面積の公式を用いている。そして、どのようにして円の面積の公式を導いたのか、思い出してみれば、円を細かいおうぎ形に分け、その中心角を${0}$に近づけることで導いたわけです。つまり、円の面積の公式を導くとき、①は認めたことに気づかされるわけです。そして、この理屈を小学校のときに習って以来、円の面積の公式の知識は更新されていない。それで、そのあと、職員室の先生をたずねました。(このころ私は県で一番の進学校とされる高校に行っており、もう小学校のときのような「カーストが最下位」という状態ではありませんでした。)先生は、私の言う意味は理解してくださいました。そして「確かにこれは君の言う通り、循環論法ですね。この証明は、大学に行ったら習いますから・・」と言われたのですが、大学に行ったらこの性質は当たり前すぎてあえて習うことはなかったのでした。
後日談ですが、私が大学院まで行き、博士課程で病気をして以来、数学者の道を断たれ、失意のなかある地方の高校の教諭をしていた三十代、一回だけ「数学Ⅲ」を教える機会があり、そのとき教科書に載っていた証明はこのときのものと同じでした。職員室の他の先生がたの意見を聞いてみましたが、ある先生が、高木貞治『解析概論』を持って来ました。高木先生は「そうなるようにラジアンを定めたのであるから当たり前であるが」と前置きしたうえで、違う証明を書いておられましたが、まさにこれはそうなるようにラジアンを定めたのでありますから当たり前でありました。円周率は奥の深い数ですね。
さらに後日談ですが、この高校の教諭であった時代に、東大の入試問題で、円周率が${3.05}$より大きいことを示せ、というものが出たことをある生徒さんの話で知りましたが、それは、最初に書きました通り、円に内接する正六角形のまわりの長さを考えると${3}$より大きいことは言えるので、円に内接する正十二角形くらいで考えればいいのだろうとすぐに予測ができるわけです。私は細かい大学入試問題を解くのはむしろ苦手でしたが、こういう問いならすぐにわかるわけです。そうしますと、小学3年、4年のときの担任の先生は、かなり実力がおありであったことになりますね。
