オーレル・ニコレのフルート・リサイタルを聴いた話(1996年11月)

これはクラシック音楽オタク話の記事です。往年のフルーティストであるオーレル・ニコレのリサイタルを聴いた昔話です。それでもよろしければ、どうぞお読みください。

私は中学からフルートを習っていました。とてもいい先生に習うことができていました。先生はニコレに師事していました(ニコレに習ったということです)。私のなかで「ニコレ」は特別な名前でした。確か高校生くらいのころ、先生に連れられて、ニコレが日本のオーケストラと協奏曲を演奏するのを聴いたかすかな記憶がありますが、そのころ私はまだ「フルートのよさ」がわかっていませんでした。この話は、私が東大オケをやめ、最初の統合失調症を発症して学業と音楽を休んだ1996年の話になります。

ニコレが来日してリサイタルをすることを知り、聴きに行きたいと思いました。以下の2つのプログラムがありました。迷いました。結局、前者の「バッハの夕べ」のほうに行きました。

1996年11月6日 J.S.バッハの夕べ

東京芸術劇場大ホール

パルティータ ハ短調 BWV.997

ソナタ 変ホ長調 BWV.1031

ソナタ ロ短調 BWV.1030

ソナタ イ長調 BWV.1032

ソナタ ト短調 BWV.1020

ソナタ ハ短調 BWV.1079(「音楽の捧げもの」より)

小林道夫(チェンバロ)

1996年11月7日

石橋メモリアルホール

モーツァルト ソナタ ヘ長調 K.377

ライネッケ ソナタ ホ短調 “ウンディーネ“

ゴーベール ソナタ ハ長調

ヒュー ファンタジー

武満徹 独奏フルートのための “エアー“

ホリガー インソリテアー・ソナタ

マルタン バラード

小林道夫(ピアノ)

この2つのうち、前者に行くことにした決め手は、チケットの値段でした。後者のほうが高かったのです。しかし、後者も魅力的でした。「ヒュー」と書いてある作曲家の名前は、多くの場合「ユー」とカタカナ表記されます。ゴーベールのソナタはいわゆる第2番でしょう。2024年現在、私が知る限り、少なくとも、ライネッケのソナタ、ゴーベール、ユーは、ニコレはレコーディングを残さず世を去った気がします。私の先生に、ニコレを聴きに行くことにした、とレッスンで言うと「でもだいぶ衰えていると聞くけどね」と言われました。また、バッハのほうに行くことにしたと言いますと「ぼくも行くならバッハのほうだね」と言われました。11月7日はニコレのユーのファンタジーが聴けることを申しますと「それはおもしろいかもね」とも言われました。この3年後くらいに私はユーのファンタジーを先生からレッスンで習うことになります。また、この年は、武満徹(たけみつ・とおる)の「エア」が書かれた翌年であり、武満さんは亡くなっていました。いま手元にあるチラシには「武満徹”エアー”は、ニコレに捧げられた作品で遺作」と書かれています。のちの研究により、この「エア」が武満さんの最後の作品ではないらしいことがわかっているみたいですが(ギターの谷辺昌央さんの2022年録音のCDの解説に、ギターソロ曲「森のなかで」が武満さんの最後の作品であると書いてあります)、当時は、ニコレのために書いたこの作品が武満徹さんの最後の作品だと思われていました。

行かなかった演奏会のほうの話はこのへんまでにいたしまして、行ったほうの演奏会の話を書きたいと思います。当日の日記を見ながら書きたいと思います。

プログラムを見ますと、最初のパルティータは、リュートのための作品であり、このようにフルートとチェンバロでも演奏されます。ニコレの得意な作品であるようで、私の先生がニコレから最後に習った作品がこれだと聞いたことがあります。そのほか、バッハのソナタが並んでいますが、いずれも、チェンバロの右手のパートが独立していて、3声になっている作品が選ばれています。最後の「音楽の捧げもの」のトリオ・ソナタは、ヴァイオリンのパートをチェンバロの右手で演奏するというものでした。

確かにニコレは衰えていたと思います。息を使う管楽器では、しばしば年齢による衰えがあります。ニコレは1926年生まれですので、当時、70歳だったことになります。しかしながら、このたった3年前の1993年に録音されたドビュッシーや武満徹の作品を集めたアルバム(後述)ではすばらしい演奏をしており、そのCDはいまでも私はよく聴きます(ニコレはこの録音のとき、67歳だったことになりますね)。この日も、だんだん調子を上げて行きました。しかし、前半がいまいちであったことは確かだと思います。有名なロ短調のソナタでは、第1楽章の最後のほうでチェンバロと「ボタンのかけ違い」が起きたと思いますが、うまく復帰して、2人とも同時に終わりました。

休憩時間に、東大オケの仲間に会いました。ここで彼から教わったのは、休憩時間に席を変更することです。私は最も安い席でしたが、この「休憩のときにより良い席に移る」という作戦は、このあと何度も使うことになります。より良い席に移動しました。ニコレはどんどん調子を上げて行きます。日記に、非常に感動したことが記してあります。最後のトリオ・ソナタはすばらしかったです。さらに調子がよかったのはアンコールであり、そのころ知らない作品だったのですが、オルガンのためのトリオ・ソナタ(フルートとチェンバロのための楽譜があります。この1年後に私は先生にすすめられて楽譜を購入し、また第1番はみっちりレッスンを受けました)では、空を飛ぶような見事な演奏を聴くことができました。アンコールの最後は「音楽の捧げもの」の無限カノンでした。これは、永遠に繰り返される作品ですが、ニコレは何度も繰り返しながら、だんだん舞台の下手へと歩いて行き、自分の姿ごとフェードアウトしました。これでニコレのリサイタルはおしまいとなりました。

このとき私は20歳です。それから28年が経過し、フルートのオーレル・ニコレは古い名前となりました。ニコレの吹き方も古く、また、バッハの演奏スタイルとしても古くなったと思います。それでも、私にとってニコレという名前は特別です。上述の1993年録音のCDは、発売から間もない大学1年のころ購入したものを、いまも大切に聴いています。以下の20世紀の作品では、ニコレのスタイルは古くなっていないと思います。そのCDの曲目を紹介してこの記事を終わりたいと思います。

オネゲル 小組曲

デニソフ 二重奏曲

武満徹 海へ Ⅲ

ブリテン ラクリメ

ドビュッシー フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ

武満徹 そして、それが風であることを知った

オーレル・ニコレ(フルート) 
今井信子(ヴィオラ) 
吉野直子(ハープ)

(このCD、ほんとうによく聴きます。とくに最初の曲と最後の曲は、パソコンに取り込み、授業の前の時間調整用にしばしば聴いています。すごくいい曲、そして、すばらしい演奏だと思います。大好きです!ニコレのあらゆるCDのなかで、最も好きかもしれません。)

(そして、このブログ記事のサムネは、このリサイタルのチラシです。だいぶしわしわですけどね。晩年のニコレのフルートを吹いている顔写真と、小さくチェンバロの小林道夫さんの顔写真。これをブログに使用することは、ミリオンコンサート協会さんの快諾を得ました。ありがとうございます!!)

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