最低賃金1,500円とはなんのことか

※この記事は、2024年衆院選の開票の日の前に書いています。
この衆院選で、多くの党が、近いうちに最低賃金を1,500円にすると言っています。これはなんのことでしょうか。
私が最低賃金というものを知ったのは、恥ずかしいことですが、ここ数年、仕事を失いそうになってから、実際に失うころのことです。前の職場で、障害(発達障害、精神障害)に配慮がなくて困ったことから、障害をオープンにしてつぎの仕事を探そうと思ったのです。そこで、最低賃金というものを知りました。だいたい障害者の仕事は「清掃」とか「シュレッダー業務」とかの「軽作業」と言われるもので、それらはたいがい、最低賃金労働であり、しばしば最低賃金も割っている仕事なのでした(最低賃金も割ると賃金と言うわけにいかなくなりますので、工賃と言います)。私が最低賃金というものを知った数年前は、1,000円を超えているところが東京と神奈川だけであり、多くの地で、最低賃金は900円とか850円とかでした。私の住む地も1,000円をちょっと切るくらいでしたが、いま1,077円ですね。
それで、私は試行錯誤のうえ、いまのこのオンラインで算数や数学を皆さんにお伝えするといういまの自営業になっているわけです。そこでようやく気付くこともあります。私は実際の授業の時間のほか、予習に使う時間もあり、いまやっているようにブログを書く時間もありますし、そのような、時給いくらの仕事をしているわけではありません。ただ、(あり得ないことですが)私がこの教室にスタッフを雇うとしたら、その人には、1時間働いていただいたら1,077円は払わねばならないというルールが、最低賃金というルールなのですね。雇う側の守るルールというか、サラリーマン(賃金をもらう人)の権利と言いますか。
それで思ったのです。きのう私は、ファミリーマートで焼き鳥を買って来て食べました。わりと近くにある農業高校で、養鶏をしていて、にわとりをつぶす実習をしてきたというお話を聞くことがあります。もちろん、養鶏場の人はにわとりを育て、つぶしておられるわけです。もし、にわとりをつぶす人が給料をもらっているなら、養鶏場の経営者が、従業員に払う給料が増すので、最終的には会社がつぶれないためには、にわとりの値段が上がるわけです。そして、流通の人も、私にはどう流通しているのかわかりませんが、運ぶ人の給料も上がるとしますと、それも高くなります。そして、ファミリーマートの店員さんの給料も上がるとすると、最終的には焼き鳥の値段が5割増しくらいになると思ったのです。これは焼き鳥に限らず、いま私が触っているパソコンもスマホも、部品を作る会社の給料が上がれば部品の値段が上がり、つまり全体的に物価が上がるという、そういうことであることを認識しました。みんな、社会ってお互いに支え合って生きているのですね。
それで、仕事がないとよく言われるわりに、どこも人手不足であるとも聞きます。これの意味も分かりつつあるのです。先述の通り私は障害者で、段ボールをたたむ作業であれ、清掃であれ、ずいぶんやって、できなくて叱られて来ました。私には障害ゆえにできない仕事がたくさんあるのです。そんな私が試行錯誤を何年もした挙句、いまこの星くず算数・数学教室の講師という仕事をやっているわけです。つまり私はできない仕事を避けて、いまの仕事をしているわけです。「できない(disabled)」というのが「障害」「障害者」という言葉の意味でした。
いっぽうで、健常者と言われるかたは、たいがいの人ができる仕事ができるのです。だいたいみんなができる仕事ができる人のことを健常者と言うのでした。それで分かったのです。皆さん、仕事をえり好みしておられる!仕事ができないのではなく、やればできるのに避けておられる。だから仕事がないというわりにあちこち人手不足だというのです。なーんだ!だったらえり好みしないで仕事をやるべし、です。この社会はみんなで支え合って生きているのですから、嫌な仕事でも率先してやって、みんなの役に立つべし。ついでに、少子高齢化というなら、もっと年寄りも働くべし。年寄りが働いて若者を支えるくらいに働くべし、と思いました。
というわけで、最低賃金1,500円と言っても、お金は奪い合っても増えないものですから(稼ぐ人がいるぶんだけ払う人もいるので)、みんなで助け合って、この社会で生きていかなければ、と思う次第なのでした。本日は以上です!
