わけのわからないカタカナ用語ばかり使っていると、ほめられるべき人が叱られるようになる話(「論語」から)

数学において、物事を正しい名前で呼ぶことは大切です。「頂点」にも「角」にも「多様体」にもきちんとした「定義」があります。これをおろそかにすると何が起きるか。以前「名を正す」という、中国の古典「論語」に出て来る概念から、数学に関するブログ記事を3つ書いたことがあります(最後にリンクをはりますね)。今回の記事は、安冨歩さんの「生きるための論語」から、名を正すことをおろそかにすると何が起きるかを、私なりに理解した視点から書かせていただきたいと思います。
最近、ある業者さんが「アベレージ」という言葉を使いました。これを聞いていた人もいましたが、よくわかっておられないご様子でした。この「アベレージ」という語は「平均」を意味する言葉です。そもそも「平均」という概念を小学校算数の意味で正確に用いているかどうかはさておき、その業者さんのおっしゃることは、「アベレージ」を「平均」という意味でとらえても、意味の通じないものでした。どうやら、皆さん「アベレージ」という言葉の意味がわかって使っておられないのではないか。その業者さんは「リスクヘッジ」という言葉も使っていましたが、これも意味が通じません。
こういう言葉はしばしばあります。最近、私は「アパレル」の意味がわからず、ネット検索したら「衣類」という意味でした。「地頭(じあたま)」という言葉も、出て来た当初といまとで、意味合いが違うという実感を持っています。こういうことを書き連ねると、私がいかにも頑固おやじに思えるだろうと思うのですが、以下のようなことがあります。論語において、孔子が、名を正さないと起きることとして「礼楽興らず」と言っています。これは、安冨さんの解説によると、仕事に遊びの要素を入れるような意味で、安冨さんは田楽を例にとっておられます。農作業だけだとつらいので、楽しみの要素を入れるのです。部屋の大掃除にしても、いろいろな懐かしいものが出て来るのを楽しみながらやるのはいいものです。逆に、私が勤めていたところの上司は、やたら「効率、効率!パフォーマンスを!」と言っていました。(コスパという言葉の出現する前ですね。8年くらい前です。)名を正すことをおろそかにすると、効率重視の、ぎちぎちのつらい職場になるのです。なるほど。これ、当たっているような気がしませんか。
そして、礼楽が興らないことの続きとして孔子が言うこととして、「刑罰当らず」というものがあります。これは、ほめられるべき人が叱られて、叱られるべき人がほめられる意味だろうと思います。なるほど!そして、刑罰が当たらないとどうなるかというと、「民の手足を措く所なし」となります。不安でしようがなくなるということだそうです。その通りですね。優良社員と言われる人がじつはあまりいい社員ではなく、ほんとうにいい社員が叱られている場面は私もしばしば見て参りました。それは確かに「名を正す」ことをおろそかにした結果でしょう。
というわけで、わけのわからないカタカナ用語ばかり使っていると、仕事がうまくいかず、効率優先の仕事ばかりとなり、ほめられるべき人が叱られるようになって、みんな不安で仕方がなくなるのです。これ、紀元前から言われているのですね。もう「なるほど」としか言いようがないと思っております。
名を正すといえば、最近、「比例」と「1次関数」の違いがきちんと言える人は意外と少ないのではないか、ということに気づかされたことがあります。皆さん、世にたくさんあるカタカナ用語のように、意味もわからず「比例」とか「1次関数」という言葉を使っておられるのではないか。(実数から実数への線形な関数は比例だけです。)最近の、だいぶ賢くなくなった東大入試などでは「比例と1次関数の違いを述べよ」とかいう問いが「良問」だったりするのかもしれません。(採点者が賢い必要はあるでしょうけどね。)
それどころか、刑罰が当たらないことでは、世にはびこる悪徳業者に、なかなか天罰がくだらないことも思います。本来は、悪徳業者は悪い評判が広がって自滅するのが世の習いだとは思うのですが・・・。
そのようなわけで、「名を正す」という概念を大切にしたいと思います。皆さんも、わけのわからないカタカナ言葉でけむにまかれそうになったときは「その言葉はどういう意味ですか」と聞いてみられることをおすすめしますね。けっこう聞かれたほうも答えられなかったりするものではないでしょうか。
それでは、かつての「名を正す」の記事のリンクをはりますね。すべてはるとうっとうしいと思いましたので、最初の記事だけリンクをはります。

