自伝風の読み物 ⑥ 同値関係

(比較的最近、関連する話を記事にしました。重複することをおゆるしください。)
小さいころ、絵本を読んでいて気になることがありました。よく、動物が出て来ます。「くまさん」や「りすさん」「うさぎさん」などです。それで、人間も出て来ます。たとえば「たろうさん」です。こういう絵本はたくさんありました。それで、なぜ、たろうさんだけ固有名詞なのかが気になったのです。「くまさん」「きつねさん」という言い方で統一するなら、たろうさんではなく「にんげんさん」となるであろうからです。この疑問は長いこと言葉になりませんでした。「そうそう、オレも小さいころ、そう思っていたんだよ」という人にあまり会ったことがない気がするのです。(皆さん私と同じで、おっしゃらないだけかもしれないのですが。)
ずっとのちに知った概念で、「同値関係」というものがありました。同値関係とは、日常の用語で「同じ」という言葉で表されるものを、数学の言葉で言ったものだとだんだん分かりました。同じ店で出るエビピラフは、同じエビピラフと言ってしまいますが、エビ一匹一匹を区別するなら、すべて異なるエビピラフであることになります。正多面体は5種類と言いますが、それは、大きさ違いを区別せず、どこに置いてあるかも区別せず、色違いも区別をしなかったとき、5種類(5つ)であるわけです。同値関係はさまざまなところにある現象で、どれとどれを同じと思うかで、世の中の見え方が変わるわけです。
先ほどの絵本の話で言いますと、「くまさん」というときは、くま同士を同値関係で結び、その同値関係で割って、「くま」でひとつと見ているのです。確かに、そういう絵本で出てくるたろうさんは、大概は人間で唯一の登場人物だった気がしますので、人間という人間もすべて同じとみなし、「たろう」で代表させているのだろうかといま思うわけです。
あるいは、もしかしたら、身近にあるものほど区別ができて、自分から距離の遠いものは区別ができないのかもしれません。人間は身近だから固有名詞で呼び、動物は少し自分から距離があるので、おおまかに種で同じとみなしているのかもしれません。私は九州から非常に遠くに住む人間で、九州にあまり行ったことがありませんが、友人が福岡から熊本に帰省すると言うとき、どうも福岡と熊本が同じように思えることを白状せねばなりません。「アフリカ」というと、私にはそれ自体でひとつに思えます(実際には大陸だからものすごく広く、さまざまなものがあるのでしょうが)。私は学生時代、オーケストラをやっており、「スター・ウォーズ」のテーマをアンコールにやったことがあります。「スター・ウォーズ」のテーマと、「スーパーマン」のテーマの作曲者は同じで、ジョン・ウィリアムズですが、あるときある人にそれを言ったら、「ああ、だいたい同じだね、同じ人が作ったねー」と言っていました。これは、しろうとの意見であるとも言いますし、悟りきった人の意見であるとも言えます。距離のある人にはだいたい同じに見えると同時に、それはとても客観的な意見であるとも言えるわけです。
数学では、同値関係で割ることをしばしばしました。それで、議論が明確になったりするわけです。日常的には、りんごとみかんとバナナを「くだもの」と認識するような見方は、ものを認識するときの大切な見方でした。帽子という帽子を同じと認識したとき、帽子1つ、帽子2つと数えることができます。帽子とちり取りをあわせて2つと数えることはナンセンスだったりします。本日は小さいころ感じた、絵本の違和感の話でした。
