ド・モルガンの法則

私は今年の頭から、ネットバンクを利用しています。スマホ1つで便利な代わり、スマホが通帳の役割を果たしていて、スマホを持ち歩くとは通帳を持ち歩いているに等しく、なかなか恐ろしくはあります。さて、3月くらいに、あるエクセルVBAの教科書をAmazonで買いました。(エクセルもお教えしています。当教室はなんでもありでして、必要ならば高校物理であれ、簿記であれ、ご一緒に学ばせていただくかもしれませんよ。)スマホでササっと買いました。ところが、届いたのを見たら、領収書が入っていないのです。その教科書は経費になるにもかかわらず、領収書なしで、経費にできませんでした。以来、私は、教科書等をAmazonで買うときは、コンビニで支払うことにしました。ほかに手を知らないせいですが、とにかくコンビニで買うと必ず領収書がもらえるからです。ですから、スマホだけでササっと買えるものでも、そういう場合はコンビニまで行って払っています。
以下は、まだ起きていない話です。ただし、人生の途中で、以下のようなことはひんぱんにありました。このあと、どういう話が起きるか、想像がつきますので、先まわりして書くわけです。誰かにこう言われるのです。「このあいだ、Amazonで本を買ったんだけどさあ、領収書、入っていたよ。Amazonで本を買うと、領収書が入っているんだよ。きみ、どこに目がついているの?よく見なよ。領収書、入っているよ!」と言われてバカにされるのです。人生で数えきれないほどそういう目にあってきました。とっさに言い返すことのできない私はこれで終わりになってしまいますが、内心、以下のように思うわけです。
つまり、入っていることもある。しかし、入っていないこともあるのです。私としては、領収書は必ず入っていなくてはならないものなのです。したがって、やはり私は、教科書をAmazonで買ったときは、わざわざコンビニまで行って支払うのです。
このように、多くの人が暗黙のうちに「絶対に入っている」の反対は「絶対に入っていない」だと思っていたりします。そのようなわけはありません。「絶対に入っている」の反対は「必ずしも入っているとは限らない」なのです。これをド・モルガンの法則と言います。高校の数学ではっきり習います。
以下の記述は、人類を男性と女性の2種にわける例でありまして、性的少数派のかたへの配慮がありませんが、どうぞおゆるしください。ほかに適切な例があまり思いつかなかったので、おゆるしいただければ、と思います。「全員、男」の反対は「全員、女」ではないでしょう?「男も女もいる」という状況が必ずあるはず。以下のような外国の数学の試験を見たことがあります。日本のテストなら「〇か×か」の2択で出題されそうなところが、3択なのです。「常に正しい(Always true)」と「絶対に正しくない(Never true)」の中間に「ときどき正しい(Sometimes true)」という選択肢がありました。確かに日本の教科書だと「${n}$が整数のとき${\frac{n}{2}}$は整数である」という命題は「偽」と言ってしまいますが、これはnever true ではなくsometimes trueですね。${n}$が偶数だったら正しいですからね。とにかく、「全員、男」の否定は「全員、男とは限らない」であるわけです。「全員、女」ではない。
簡単のために、人数を2人にしましょう。「AさんとBさんは両方とも男である」の反対は「AさんとBさんは両方とも女である」ではないわけです。「AさんとBさんの少なくとも片方は男でない」になるわけですね。「Aは男、かつBは男」の反対は「Aは男でない、またはBは男でない」になるわけです。ここで数学でいう「または」というのは日常語でいう二者択一の意味ではなく、両方とも男でない可能性も含めていることに注意を要しますが。(食後にコーヒーまたは紅茶がつきますと言ったら、数学では、コーヒーと紅茶の両方を頼むことをも含んでいます。)これをド・モルガンの法則というのですね。
これ、だいじでしょ?論理的思考の初歩ですね。私を見て「東大を出ている人は変わっているね」と言ってはいけません。「東大を出た、変わった人がいる」ということと「東大を出た人は皆、変わっている」というのは論理的にかなり差があります。(「東大を出た人に変わった人が多いか」というのは、「傾向」の話となり、これはこれでまた別に論じる必要のあるテーマです。本日はこのへんで。)あるいは、イエス・キリストの言葉じりをとらえようとして、イエスに以下のように聞く人がいます。「ところで、皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」(新約聖書マルコによる福音書12章14節)。世の中は「絶対に納めなければならない」と「絶対に納めてはならない」の二択であるはずがないのに!昨今、論理的思考という言葉をよく聞く気がしますが、論理的思考という言葉が雰囲気とノリで使われている気がしまして、論理的思考という言葉が論理的に使われていないと感じます。本日はド・モルガンの法則のご紹介でした。それではまた!
