自伝風の読み物 ⑤ 入院、ねじれの位置、3次元の四色問題

幼稚園のとき、入院しました。12日間の入院でした。ある日、看護婦さん(看護師さん)が、おしゃべりの相手をしてくださいました。いま考えると若い看護婦さんだったのかもしれませんが、私は幼稚園生であり、非常に年上の大人でした。私は、紙に絵をかいていました。もぐらのように地中を掘ってまわるマシンの空想をしていました。そんな話をテレビで見たのでしょう。紙の絵は、上から見た図であり、その地面の下を、もぐらのようなマシンが掘って進みます。南北に流れる川を、川の東から川の西へ、もぐらマシンが進もうとして、私はそこで、それ以上進めないと言いました。もぐらマシンの行く手を、川がはばんでいるからです。看護婦さんは、川の下も掘れば進めると主張しました。私は、川があるから、これ以上、進めないと主張しました。看護婦さんは、川の下も掘れば進めるとおっしゃいました。ここで、議論が平行線となったことを覚えています。ずっとのち、数年後かもしれませんが、このときの看護婦さんの主張は、川のさらに下を掘れば、南北に流れる川の、東側から西側へ、そのもぐらマシンは掘って進めるということだったのだとようやく理解しました。その看護婦さんには申し訳ないことをしたという気がしたものです。私は、「川」というものをどう認識していたのでしょうか。果てしなく深いものだと思っていたのでしょうか。おそらくはそうではなく、私は「ねじれの位置」というものを、はっきり認識できていなかったということだろうと思います。
JR総武線と、JR山手線は、秋葉原の駅で、ねじれの位置となり、立体交差をしています。路線図で見ると交わっているように見えますが、ぶつからずに通っています。これは、3次元だから起きることです。中間値の定理も、2次元の関数のグラフで、必ず交わることを言っています。あるとき、以下のようなことを思いました。
いつくらいのことか覚えていませんが、本で、四色問題というものを読みました。地図は、4色で塗り分けることができるというものです。確かに、私はそのころ、日本の都道府県を、パズルにしたようなおもちゃを持っていましたが、その都道府県は、4色で塗り分けられ、隣り合う県は違う色になっていました。私は、考えてみました。いわゆる双対グラフをかいてみたのです。県を頂点とし、隣り合う県は辺で結んだわけです。それで、4頂点までは、紙のうえで、あらゆる頂点どうしを辺で結べるのですが、5頂点だと、あらゆる頂点どうしを、辺で結べないのです。「あれ?これで四色問題の証明は終わりではないか?」と思いました。おかしいです。本に書いてあることによると、四色問題の証明は大変であり、おそらくすごく多い有限の場合に持ち込んだのち、コンピュータを用いてしらみつぶしにしたようだからです。これは、それ以上、考えてみることがありませんでした。もちろん私が間違えているのでしょうが、私は四色問題の証明の難しさには触れずじまいでした。
それで、あるときふと、3次元の四色問題を考えてみる気になりました。これは、考えてみて、わりとすぐに気づきましたが、いくら色があっても足りないです。これも双対グラフを考えてみますと、いくら頂点がたくさんあっても、それらのうちの任意の2点を、辺で結べることに気づくのです。これはつまり、先ほど述べた、ねじれの位置と言いますか、3次元だと、手前あるいは向こうを通ることによって、いくらでも反対側に行けるのです。
小学校の低学年のころではないかと思いますが、迷路をかくのが好きでした。あるとき気づきましたが、2次元の平面上にかいた迷路は、以下のような図の迷路であれば、壁の連結成分の数は2です。これは、通っている道の左手に青、右手に黒の壁を見ながら進めばゴールにたどりつきます。3次元の迷路では、こういう議論(必勝法?)は使えないわけです。

中学のときに、2直線の位置関係で、3次元であり得たねじれの位置以上の位置関係は、4次元の空間であり得ないことに気づくことがありましたが、その話はまた日を改めます。本日は、幼稚園のとき、ねじれの位置をはっきり認識していなかった、という話でした。はっきり認識していないときは、よく分かっていない(はっきり認識したときは、よく分かる)という私の傾向は、幼少のころからあり、形を変えて、いまもあると言えるということに気づきます。
