失敗から学ぶ人でありたい

半年くらい前にかかった精神科の先生が、あるときの診察でおっしゃったことがあります。それが違うと思った私は、「それは違います」と申し上げました。その次の診察で、再びその話題になりましたが、その先生は、「それは違うということが分かりました」と、笑顔のままでおっしゃいました。それで気づいたことがあります。この先生は、「人間とは間違うものであり、それを訂正しつつ、成長するものである」という前提で生きておられ、その精神で診察もしておられる先生だったのです。

先日、血液検査を受けました。採血をなさった看護師さんは、私に針を2度、さされました。終わって気分を聞かれた私は「生まれて初めて、採血で2回、針をさされました」と申しました。その看護師さんは「そうですね。私が失敗しましたからね」と、反省したご様子で、しかも堂々とおっしゃいました。この方は、採血が上達していく人だと直観しました。人間とは失敗するものであるという前提に立った上で、失敗から学ぶ人だと分かったのです。これを「経験を積む」というのでした。

私の授業で、画面ごしに、ノートに書いた試行錯誤を見せてくださる大人の生徒さんがおられます。学校で「間違いは消さないようにしましょう」と習うものですが、そのかたは、基礎に忠実で、間違いを消したりなさいません。間違えた場合は、バツで訂正しながら考えておられます。すばらしい姿勢だと思います。私は、間違えるともっとずっと慌てふためいてしまう人間であり、この生徒さんの姿勢から学ぶことは大きいです。

「過てば即ち改むるに憚ること勿れ」。論語に書いてある孔子の言葉です。間違っていたらすぐに改めよ、という意味です。この言葉の意味自体を、私は長いこと間違っていたものです。「間違ってはいけない」という意味だと思っていました。それは違いました。この言葉は、人間が間違うことを前提とした言葉だったのです。人間は必ず間違うものであり、それを訂正しつつ、成長するものでした。それは、私は、上に書いた皆さんの姿勢から学ぶことができました。ありがたいことです。

間違わない人、失敗しない人が賢いわけではありません。自分の間違いを認めて、次につなげられる人が賢いのだったのです。改めて、当たり前のことに気づかされます。

失敗から学ぶ人間でありたいです。そして、自分が間違えていたら、気づいた時点ですぐに改める人間でありたいと願います。

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