自伝風の読み物 ㉓ ベクトル、行列、行列の積

高校1年のとき、ベクトルを習いました。先生が、ベクトルの足し算の説明をしていました。私は、「数でないものを足している!すごい!」と思ったことを覚えています。これはいま考えますと、ベクトルの本質に驚いていることになるのかもしれませんが、これものちに「そうそう、オレもそう思ったんだよね」という人にあまりお目にかからない気がします。(皆さんおっしゃらないだけなのでしょうか。)

高校2年のとき、行列を習いました。ベクトルは数が1次元的に並んでおり、行列は数が2次元的に並んでいます。このつぎは数が3次元的に並んだものを習うのだろう・・・と漠然と思っていましたが、数が3次元的に並んだものは習いませんでした。これも「オレもそう思っていたんだよね」という人にはなかなか出会わないものです。さて、行列の足し算は、同じ位置にある成分どうしを足して新しい行列とするのでした。これはベクトルのときと同様です。そして、行列の積を習いました。非常に不自然なものでした!どうしてそんな奇妙な計算をするのか、不可解でした。そして、行列の積は、交換可能でないことを習いました。積の交換法則について、小学1年生のころに驚いたことは、「自伝風の読み物 ⑦」に書きました。10が7個と7が10個が一致することに驚いた話です。とにかく、数の積は交換法則が成り立つのに、行列の積は交換法則が成り立たないのです。「そんな不自然な積の定義をするから、交換法則が成り立たなくなってしまうではないか」と思ったものです。ところが、しばらく学びを進めて行くと、一次変換というものを習いました。2次元のベクトルに対し、2×2の行列が作用して、平面で動かすものでした。ようやく、行列の積が、意味をもって感じられました。この、一次変換というものを習わなかったら、行列の積は無意味なものに思えたままだっただろう・・・と思ったものです。

先ほど触れましたように、成分が3次元的に並んだものは習いませんでした。大学に入ってすぐ、線形代数を習いました。すごいスピードでいろいろなことをたくさん習いました。改めて高校のときに思った疑問を思い出しますと、どうもこの膨大な線形代数の理論のどこかに3次元(以上)的な数の並びの議論はなされている気がするのと、やはりベクトルにベクトルを対応させるのが行列の大きな役割だとすると、入力と出力とで、やはり2次元的な数の並びをしているのが行列の本質であるような気がします。それから、数が3次元的な並びをしていたらノートや黒板に書きづらく、認識しづらいというのも大きいと思いました。大学・大学院と数学の学びを進めるにつけ、どうも数学は非常に人工的な学問であるという気がしました。人間の認識の都合で作ってある学問である気がするのです。星の王子様が星で畑を耕しながら幾何学を発達させたら、それは球面幾何であった気がします(小さな星に住んでいるから)。種数${g}$の閉曲面の図を黒板にかくとき、横長のパン(${g}$個の穴のあいた)みたいな絵をかくのも、どうも人間の認識の都合による気もします。ここまで「自伝風の読み物」を書いてきて思いますが、どうやら私は、そのころよく、1次元→2次元→3次元→・・・と考えていたので、行列を習ったとき、つぎは数が3次元的に並んだものを習うのだろうと思ったらしいことがわかります。長谷川浩司先生に最近おたずねしましたが、成分が${n}$次元的に並んだものとして、テンソルというものがあるそうです。

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