ヴァイオリニストの天満敦子さんの協奏曲演奏と無伴奏リサイタルを聴いた(1996年8月24日、1997年1月15日)

私はいまから28年前の1996年の8月23日から、現在に至るまで、日記をつけています。当時は20歳でした。当時は、その年の4月に東大オケをやめてしまい、翌5月には最初の統合失調症の症状を出して学業も休み、音楽活動と学業をいずれも休んでいた時期になります。当時の私の「悩める若者」としての姿が描かれています。それで日記などつけ始めたわけでした。

その、日記をつけ始めた最初の日である1996年8月23日に、ある東大オケのうまい先輩から、翌日の演奏会のチケットをもらっています。翌8月24日(日記をつけ始めて2日目)は、東大オケのうまい先輩を中心としたブルーメン・フィルハーモニーというアマチュア・オーケストラの演奏会だったのでした。それは以下のような演奏会であり、ヴァイオリニストの天満敦子(てんま・あつこ)さんがソリストとして登場する演奏会だったのでした。

プログラムを以下に書きます。

ブルーメン・フィルハーモニー

特別演奏会

ヴァイオリニスト・天満敦子を迎えて

1996年8月24日(土)午後2時
ティアラこうとう・大ホール

指揮 金山隆夫
ヴァイオリン 天満敦子

アントン・フォン・ウェーベルン(編曲) フーガ(リチェルカータ)「J.S.バッハ『音楽の捧げもの』~六声のリチェルカーレ」に基づく

セルゲイ・セルゲイヴィチ・プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調 作品19

ヨハネス・ブラームス ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77

プログラムのメンバー表を見てみると、「恐れ入りました」としか言いようのない東大オケの「非常にうまい」先輩がたの名前がずらりと並んでいます。プロになった先輩の名前もあります。たまにうまい同輩もいます。

ブルーメンフィルの演奏会に行くのはこのときが最初ではありませんでしたが(1995年10月8日の第5回演奏会が最初でしょう。そのときは、ハイドンの交響曲第99番、シェーンベルクの室内交響曲第2番、シューマンの交響曲第2番でした)、とにかくうまい先輩によるすばらしいオケでした。

天満敦子さんのソロがまたすばらしいのでした。天満さんは1955年のお生まれ(いまインターネット検索で調べました)、当時、42歳だったことになります。天満さんの、弾きながら体は大きく動かすものの、楽器は動かさない弾き方がとても印象に残っています。もちろんオケもすごくうまいです。

アンコールは、「望郷のバラード」というものでした。オーケストラ伴奏で、天満さんが弾かれました。

この演奏会で、天満さんのヴァイオリンに魅せられた東大オケの仲間がいて、彼と一緒に、天満敦子さんの無伴奏リサイタルに行くことになりました。このティアラこうとうでの演奏会のおよそ半年後、1997年の1月15日のことでした。

その日の午前中は、自動車教習所へ行き(睡眠障害のある前だからこういうことができたわけです)、午後から桜木町に行っています。そこでその友人と昼食を取っています。神奈川県立音楽堂というところで行われました。プログラムは以下です。

間宮芳生 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(1970)

バルトーク 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz.117

テレマン 無伴奏ヴァイオリンのための12の幻想曲より第7番 変ホ長調

バッハ 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調 BWV.1004

プログラムには「1月15日(水・祝)」と書かれています。当時は、いまと違って、成人の日は1月15日に固定だったのです。この日は成人の日でした。

チケットもここにあります。「全席指定 3,000円(消費税込み) 6列 8番」と書かれています。

間宮芳生(まみや・みちお)とバルトークははじめて聴く曲でした。当時はインターネットなどほとんどなく、こういう曲は生で聴く以外の方法はなかったのでした。テレマンはその彼から今井信子さんがヴィオラで弾くCDを借りて聴いていたと思います。バッハはシェリングのCDを持っていました(いまも持っています)。有名な「シャコンヌ」で終わる曲です。

天満さんは、味のある感じの演奏をするヴァイオリニストであられました。強い個性で聴かせるタイプのソリストであられたと思います。

このときのアンコールも、天満さんは「望郷のバラード」を弾かれました。このときは、無伴奏で弾かれました。

天満敦子さんの演奏は、この28年前、27年前の2回しか聴いていませんが、ネット検索によると天満さんは2024年現在もご活躍中のようです。

天満さんの情熱的な演奏を思い出します。懐かしい思い出です。

(ブルーメン・フィルのプログラム、および無伴奏リサイタルのパンフレットをブログに使用することはそれぞれ、ブルーメン・フィルハーモニーさん、および神奈川県立音楽堂さんの許可を得ました。ありがとうございます!)

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