女子学院のオーケストラを2度聴いた(2003年4月26日、2004年5月22日)

よく、クラシック音楽オタク記事を書いておりますが、はじめてアマチュアのオーケストラの演奏会を聴いた話を出すと思います。実は、私がオーケストラ等を聴いて来たのは、圧倒的にアマチュア・オーケストラ、学生オーケストラであり、仲間が出演する演奏会を聴いて来たのです。聴いた回数としては、圧倒的にワセオケ(早稲田大学交響楽団)か東大オケ(後輩の演奏)であり、ワセオケなど何十回聴いているかわからないほど聴いています。今回は、女子学院のオケを聴いた話を書きます。2回しか聴いておりませんが、いずれも記憶が鮮明であるのみならず、いま、2回ともここにプログラムがあり、日記もあるからです。
2003年、2004年と言いますのは、私は25歳の大病を経験し(2001年ごろ)、学業に復帰したものの、もう論文を書けなくなっているころで、数学者になれなくて苦しんでいた時代のころのこととなります。二十代後半の冴えない大学院生でした。女子学院のオケを聴きに行くことになった理由もはっきりしており、当時、私の通っていた教会に通っていた女子高校生さんが、女子学院のオケの団員さんであり、彼女の演奏を聴きに行くことになったというわけでした。
考えてみますと、大学オケはたくさん聴いていますが、中高のオケは滅多に聴いていないのでした。まず、私自身が高校時代はオーケストラ部であり、母校のオケを客席で聴いたことがあること、また、30歳から勤めた私立中高でオケの顧問をしたこと、ある女子中高オケでメサイアを歌ったことがあること(そのときのことはかつてブログ記事にいたしましたね)などを考え併せても、大学・大学院時代に中高のオケを聴いたのは滅多にない機会だったと言えるでしょう。
第1回は、2003年4月26日であり、土曜日のお昼でした(あとから知ったことですが、女子学院はキリスト教私学として安息日である日曜に活動を行わないらしいのでした)。第25回女子学院管弦楽班スプリングコンサートというものでした(もう1回、2004年のほうもスプリングコンサートです)。プログラムは以下です。
ヨハン・シュトラウスⅡ世 アンネン・ポルカ シャンペン・ポルカ
チャイコフスキー “白鳥の湖”よりワルツ
スーザ ワシントン・ポスト(Arranged by Paue Battues and Bill Holcombe)
シューマン 交響曲第1番変ロ長調 “春”
会場は女子学院の講堂でした。近所の花屋さんで花束を作ってもらい、有楽町線で麹町に行き、日テレの前を通り、日テレで看板を持っている人に道を聞き、女子学院に行きました。着いてから迷うかと思いましたが、人が出入りしているところがあり、そこだとすぐわかりました。受付も生徒さんでした。当日券は?と聞くと、入場無料でした。(このへん、大学オケしか知らない私は、中高オケの文化を知らないのでした。)なぜか、名前と学籍を書かされました(東京大学大学院と書いたのだろうと思います)。花束受付は?と聞くと、花束は禁止なので・・・と言われ、とりあえず困って手元に置いて客席へ行きました。規模はだいたい通常のホールの大ホールと小ホールの中間くらいの、非常に立派なホールであり、ちゃんとオーケストラが乗り、設備や音響もよいように思われました。このようなホールを学内に持っているとは、さすがというかすごいと日記には書いてあります。(このころ、私は女子学院が、東京屈指の名門の私立女子校であるという認識がまったくなかったころになります。世間知らずの学生だったのです。)
プログラムは先述の通りです。アンコールはなかったと日記に書いてあります。
プログラムの解説が非常にしっかりしていることに感心しています。どなたが書いたのでしょうか。顧問の先生か、生徒さんか。
ヨハン・シュトラウスの2曲は、中学生による演奏ということで、若い男性の先生が指揮なさいました。「オケが大変上手である!」と日記に書いてあります。私の高校のオケとはえらい違いだったのです。日記には「田舎と東京のレヴェルの差を思い知らされた」と書いてあります。アンネン・ポルカで、楽しそうに頭を少し振りながら演奏するチェロの生徒さんが印象的でした。音楽っていいね!
チャイコフスキーの「白鳥の湖」のワルツは、これらの2つの演奏会で、白眉でした。私が生で聴いたこの曲の演奏のなかで最高でしょう。ここから五十代くらいに見えるおひげの先生の指揮となりました。冒頭のピチカートからエレガントであり、終始、ゆったりしたテンポが取られました。極めて新鮮な演奏でした。コーダに入ってもテンポは上げず、ラスト近くのトロンボーンにテーマが出るあたりは、実際「これはなんという名曲であろうかと、涙を禁じえなかった」と日記には記されています。非常に感動的だったのです。
つぎのスーザは意外にも室内楽です。フルート、オーボエ、クラリネット各複数名による木管の室内楽でした。「しかも意外にもよい編曲であった」と日記には記されています。中学生による演奏のようでした。
最後はシューマンの交響曲第1番(「春」)です。再び先ほどのおひげの先生が指揮されました。まず、その次の年のブラームスの交響曲第2番にしても、選曲が非常に賢いということが言えます。シューマンの交響曲は、たとえば第3番「ライン」のように、ホルンやトロンボーンの難しすぎる曲があるいっぽうで、この第1番などは、東大の駒場祭でも聴いたことがあり、適度な難易度らしいのと、ちゃんとトロンボーンにも出番がある(そして見せ場がある)など、非常に賢い人が選曲していることが一目で分かります。私は聴いていませんが、このころ女子学院オケは、チャイコフスキーの2番も取り上げたはずで、これまた非常に賢い選曲です。
この演奏の細部もよく覚えております。全体的に、すばらしい出来でした。日記には「品のある美しい演奏だった」と書かれています。中学2年から高校2年からなるオケでした。とにかく東京の私立中高のオケの水準の高さに驚かされていた様子が日記からうかがえます。おひげの指揮の先生の解釈も一種独特のものがあり、こういう演奏はアマチュアオケを聴く楽しみのひとつでもあります。(プロの世界では存在しないような個性的な指揮者の先生がときどきおられる。)
後ろの席のOGと思われる人の会話では、このオケはシューマンの2番を取り上げたこともあったようでした。一般には難しいとされるシューマン2番ですが、意外にも賢い選曲と言えるのかもしれません。とにかく賢い選曲がなされているとしか言いようがありませんでした。
楽屋もありませんでした。その、出演した教会の若い仲間が出てくるのを待ち、とりあえず、おつかれさま、と花束を渡そうとしますと、「花束は禁止なので・・・あ、でももらっておきます」と言って受け取ってくれて、おそらく聴きに来た友人と思われる人に花束を渡し、持ち場に戻っておられました。そのときは、なんでそういうルールなのかわからず、その場で、その子に迷惑をかけて申し訳なかったという言葉が出ませんでした。要するに私は大学オケでよくある「花束を買っていく」「当日券を買う」といった慣習でこのオケのスプリングコンサートに行ってしまったのでした。大学オケとはぜんぜん違うしきたりなのと、あと、女子校であるというのも大きかったでしょうね。花束は禁止であったのだ。申し訳ないことをしました・・・。
帰りは近くのに番町教会という教会があるのを見たり、日テレの前で看板を持っている人にお礼を言い(行きに道を教えてくれた人)、日テレに入ってみたら「笑点」グッズを売っており、思わず店内に入り、「笑点のテーマ」で耳から完全にシューマンの「春」が飛んでしまったと日記には書いてあります。しかし、この日のシューマン、そしてチャイコフスキーのワルツは、21年が経過したいまも、耳に残っております。いい演奏会でした。
この1年後、再び女子学院のコンサートに行きました。ほぼ同じようなコンサートです(第26回女子学院管弦楽班スプリングコンサート)。プログラムは以下です。
ドリーブ “コッペリア” よりマズルカ
チャイコフスキー “眠れる森の美女” よりワルツ
ショパン 軍隊ポロネーズ
ブラームス 交響曲第2番ニ長調
ほぼ同じ構成の4曲です。ドリーブは中学生による演奏。指揮はおひげの先生でない先生(しかし、前の年のアンネン・ポルカの先生とも違うお名前ですね)。軍隊ポロネーズは中学生による木管の室内楽。チャイコフスキーとブラームスが、例のおひげの先生の指揮です。2回目ということもあってか、こちらのほうの演奏会は(よく覚えているのですが)それほど強烈な印象があるわけではなく、また、日記もあっさり触れているだけです。ブラームスの2番も、東大の駒場祭で数えきれないくらい聴いた定番の曲で、やはりこのオケは選曲が賢いです。よく覚えているのが、このオケには当時ファゴットがいなかったらしく、第2楽章の冒頭のファゴットが目立つところは、上手にクラリネットで編曲してあったことです。編曲も賢い人がなさっていることがわかります。
これらの演奏会はいまから20年くらい前のものですが、これよりずっと時間の経過した、2015年くらいに、ふと、東大オケで知り合っていたあの人もこの人も、女子学院のオケの出身だったりすることがわかったりしたのでした。東大オケでそれらの人に知り合ったのは、この演奏会よりさらに10年くらい前です(私の東大オケ入団は1994年ですので)。すべてあとから知ったことではありましたが、女子学院はいわゆる名門校であり、たくさん東大に入って来られているのであり、それに伴って、女子学院のオケから、東大のオケに入る人もしばしばいたことになります。
このように、私はたくさんの学生オケ、アマチュアオケを聴いて参りました。それらのプログラムや日記もたくさん残っています。今後もいろいろな思い出話が書けたら、と思います。本日の記事は長かったですね!ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
