学部4年の春、神奈川フィルの東京公演を東京オペラシティで聴いた(1998年4月17日)

これはまたクラシック音楽オタク話です。それでもよろしければどうぞお付き合いくださいね。

1998年4月17日のことです。私は学部4年生でした。この日に神奈川フィルを聴いたのです。

日記を見てみますと、この日の日記は非常に長いです。この日、セミナーがはじまったのでした。東大理学部数学科では、少なくとも当時、卒論というものはありませんでした。学部卒業程度で、数学の論文は書けないと認識されていたからです。この1年間のセミナーをすることで、卒論に代えるのでした。私はサーストンの「Three-Dimensional Geometry and Topology」を仲間4人と、先生の前で発表しつつ読むことになったのでした。その第1回がこの日であったのです。その日の発表は私ではなかったようです。仲間の発表を聞き、それでその日の昼に、東京オペラシティに電話し、学生席2,000円を買っています。

前にも書きましたが、私は1997年に外山雄三さんの指揮するラフマニノフの交響的舞曲を聴き、ものすごく感激したわけです。それ以来、外山雄三さんのファンとなり、外山さんの指揮するコンサートは、少なくとも年に1度は聴きに行ったのでした。これがその第2回ということになります。日フィルの、短い曲をいくつもやるコンサートと迷ってこちらにしたことを覚えています。その日フィルさんのコンサートで外山さんの代表作「管弦楽のためのラプソディ」が演奏され、それはのちにCD化されたので日付がわかるわけです。それはこの2日後の4月19日でした。それはともかく、私はこの神奈川フィルの東京公演のほうに行き、いたく感激したのでした。

プログラムは以下です。

北爪道夫 映照~オーケストラのための

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調

神奈川フィルハーモニー管弦楽団

指揮:外山雄三

ピアノ:野島稔

この日はいまのところ、神奈川フィルを生で聴いた唯一の機会となっています。

その日、どうも学校にトレーナーのようなもので行ってしまい、そのまま演奏会に行くことをちょっとためらったようですが、行っています。

ここに当日のチケットもありますが、席は「2階 P列 5番」と書かれています。安い代わりに、指揮者やソリストのよく見える席だったということです。よく覚えています。

北爪道夫さんの曲を聴くのが初めてでした。日記には「北爪道夫が大変にかっこいい曲ですごかった。作曲者本人も来ていた」と書かれています。すごい曲だったのです。のちに、CDも買いました(小松一彦さん指揮、東京フィル)。外山さんはこのように、1曲目として日本の作曲家の作品をプログラムに入れることをよくしていました。この「映照」は、20分くらいかかる大作で、大きな流体が動いていくような壮大な音楽でした。「音のかたまり」という感じです。終演後、作曲家の北爪さんが客席で立ってお辞儀をなさっていました。盛大な拍手を受けておられました。

つぎが、野島稔さんをソリストとした、ラフマニノフのパガニーニ狂詩曲です。野島稔さんのピアノにも感動しました。ものすごくうまく、また、美しい音をしておられるのでした。オペラシティのコンサートホールに、野島さんの美しいピアニシモが響きました。すばらしい経験でした。日記にも興奮したようすが書かれています。外山雄三さんはラフマニノフを得意にしました。先述の「交響的舞曲」のほか「交響曲第2番ホ短調」を聴いたこともあります(いずれも仙台フィル)。

野島稔さんを聴いたのはこのときが唯一の機会です。野島さんは2022年に亡くなったようです。

休憩後は、ショスタコーヴィチの交響曲第5番です。ショスタコーヴィチの15曲ある交響曲のうち、最も演奏頻度が高いと思われる曲ですが、意外にも私はこの曲をプロの生演奏で聴いた唯一の機会ではないかと思われます。これも外山雄三さんの芸の細かさが炸裂しました!いろいろ譜例を挙げてご説明したいのですが、2024年現在、まだショスタコーヴィチさんの著作権は保護されているようですので、楽譜を書くことはやめておきますね(「引用」という形ならば著作権侵害にならないことは知っているのですが)。ひとつ、書きます。外山さんは、この曲の最後で、まったくリタルダンドをしなかったのです!完全なインテンポで終わりました!作曲家はひとこともリタルダンドと書いていないからでしょう。これと同じような手法は、1990年のライヴ録音である、仙台フィルを指揮したモーツァルトの「ジュピター」でも聴くことができます。終わりでまったくリタルダンドしないジュピター!のちにショスタコーヴィチ・マニアの友人に、外山雄三さんは交響曲第5番のラストでまったくリタルダンドしなかったと言いましたら、ムラヴィンスキーもほとんどリタルダンドしないと言われましたが、いや、ムラヴィンスキーも少しはリタルダンドしています。外山さんはまったくしなかったのです!これ以外にもさまざまな芸の細かさが聴かれました。

アンコールは、バッハのアリアでした。この時代は、古楽器の全盛期でしたが、完全に伝統的なスタイルによるバッハでした。

日記によると、このあと後輩の部屋まわり(寮において新入生の部屋まわりを受ける)をひとり受けており、さすが若さというべきか、1日で極めてたくさんのことが起きています。このサーストンの本は、いまだによく使います。とくにこの算数・数学教室の講師となってから、授業によってはときどき出します。当時、書籍化されたものですが、そのずっと前からサーストンの講義録として出回っていたものでした。当時、ただの学部4年生であった私にはわからないことでしたが、そういう「記念碑的」なものでした。

貴重な経験をしたものです!非常に充実した学部4年生の春のある日のことでした。

最後に、その1年前に、私が「外山雄三信者」となるきっかけの演奏会の記事のリンクをはりますね。外山さんは2023年に惜しまれつつ亡くなりました。

(なお、この神奈川フィルの演奏会のプログラムをブログのサムネイルに使用することは、主催の東京オペラシティさんの快諾を得ました。ありがとうございます!)

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