本当の「復習」、本当の「教育ママ」

また、当教室での授業の様子をご紹介いたしますね。公開に当たり、ご本人様と親御さんの許可は得ております。

前にもご紹介いたしました、中学生の生徒さんです。高校の先取り勉強をしておられましたが、倍数や約数がよくわかっていないことがわかり、小学校の算数の「わり算」まで戻ったのです。

あるチェロの先生が言っていたと聞きます。たまにでいいので、習いはじめて1年目くらいの教則本を弾いてみてごらん。驚くほど弾けないものだよ。基礎ほど抜け落ちるからね、と。算数や数学でも同様のことが言えると思います。高校で微分積分までしっかりやってから、改めて小学校の算数の教科書を開いたら、驚くほどできないものではないでしょうか。その証拠に、大人の皆さん、ご自分のお子さんが小学3年生にもなったら、もう算数はお子さんに教えられないかたがほとんどではないですか。大人の皆さん、だいたい小学2年生くらいの算数の実力ではないでしょうか。

その中学生さんは、なかなかわり算が判然としません。どうやら、「あたかもわり算をまったく知らない原始人のような人が、なにもないところからわり算を編み出すように」わり算を考えておられたことがあとからだんだん私にもわかって参りました。そこで、わり算について、おもに小学3年生の教科書から、学びなおしました。

おもに、以下の2点がつまずきのポイントでした。

1つは、12個のあめを3人に均等に配ると、1人あたり4個になるということが、${12\div 3=4}$であることと、12個のあめを3個ずつ配ると、4人に配れるということも、やはり${12\div 3=4}$と書かれることです。4個ずつ3人ぶんは12個、3個ずつ4人ぶんも12個です。これは、大の大人も惑う証拠があります。よく「9円のものを5個買ったらいくらするかという問いで、${5\times 9=45}$(円)と答えるとバツを打つ小学校の先生の話」は話題になるわけです。その生徒さんとはかけ算の交換法則について話し合いました。かけ算が交換可能であることはわりと当たり前だと思っておられるようでしたので深追いはしませんでしたが、ここがつまずきのポイントになっていたことは確かのようでした。

もう1つは、整数と実数の違いです。13個のあめを3個ずつふくろに入れると、ふくろは4つできて1個あまります。${13\div 3=4}$あまり${1}$です。これはふくろの個数が整数であることによります。(あめの個数が整数であることによるわけではありません。ためしにあめの個数でなく、水のかさでやってみても同様の計算になります。水13リットルを3リットルずつ袋に入れていってもふくろは4つできて1リットルあまります。)ここで、13キロメートルの道のりを3時間で歩くと時速4.3キロメートルで歩いたことになるのも同じく${13\div 3}$というわり算になりますが、これはあまりを出さず、分数または小数で表すわけです。おもにこの2点で惑っておられたのです。

その生徒さんは、収穫があったと親御さんに報告なさっていました。親御さんからは非常に感謝されました。ありがたいことです。

「学びてときにこれを習う、またよろこばしからずや」と「論語」の冒頭にあります。これは「学習」という言葉の由来であると思われます。しかし、復習することのどこがそんなによろこばしいのか、と安冨歩さんは書いておられました(安冨歩「生きるための論語」)。確かに私もずっとある種の違和感を覚える言葉だと受け取ってきました。しかし、本当の「復習」というものは、今回の、中学生さんのわり算の学びなおしのようなものを指していたのです!これは確かによろこばしいではないですか!

それから、別の日ではありましたが、この生徒さんの授業の終わりに、親御さんがこのお子さんの口にポテトチップスを入れながら「おつかれさまー」とお子さんに言ってZoomのお別れになったこともありました。仲の良い親子ですね。この親御さんは、「本当の教育ママ」だとわかって参りました。お子さんのためを思って、私の授業を受けさせておられる。1年以上のお付き合いになる親子ですが、これが本当の教育ママだとしみじみわかって参りました。

そのようなわけで、当教室では、いろいろな学びなおしのお手伝いをしております。これが本当の「復習」なのです。それは論語で孔子が言うように、よろこばしいものだったのです。どうぞ遠慮なくお問い合わせをください。お待ちしています。大歓迎いたします!

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